百姫夜行外伝~Circulation~裏③ 

神薙キサラは神棚ネットワークの中に沈んでいた。

銀灰色の髪が長く伸び、褐色の肌が薄暗い部屋でも神々しく輝く。和風の瓜顔にファッションモデルを思わせる端正な眉目。東洋と西洋の美が絶妙に混ざり合った芸術品のような容姿。

しかしその完璧な美貌に、右頬から目元にかけて深い傷痕が走っていた。鉤爪でえぐられたような傷跡の先には、暗い穴となった右目。美と醜の対比が、彼女の存在をより神秘的なものに見せていた。

神薙家――かつて神棚ネットワークの制御を担った呪精体たちの一族。額に勾玉を持つ人の形を借りた神の子とも呼ばれた。キサラもその一人。涼皇様の呪精として生を受けた存在だった。

片目に映る幾重もの光の波。神棚から伝わる数万の映像と音が、キサラの意識を満たしていく。白衣に緋袴という出で立ちが、わずかに揺れる。

東京の会社の片隅。新入社員が神棚に手を合わせ、取引の成功を祈る。 小さな電気屋の店主が線香を立て替える音。 京都の古い町家の神棚には、朝日が差し込み、お神酒が光を透かす。 名古屋の工場では職人が黙々と作業をしながら、時折神棚に目をやる。

キサラの細身の体が、情報の波にさらされながらも凛と佇んでいた。長い手足に長めの首。全身のパーツが選び抜かれたかのような均整の取れた姿。その額には赤い勾玉が光を放っている。

人々の声、生活音、鳥のさえずり、虫の音、風の音――。他の誰にも選別できないはずの膨大な情報の洪水を、キサラは必死に仕分けていく。

秋田の農家の神棚には、新米が供えられていた。 大阪の商店街。古びた神棚の下で、主婦たちが世間話に興じる。 福岡の漁港。船出を前に、漁師が航海の安全を祈願する。 それらの映像が重なり、溶け合い、キサラの意識を満たしていく。

その中に藤木流の手掛かりを探していた。

山で修行し、時折里に降りて祭りを手伝う。地域のボランティアに顔を出す程度。それ以上の情報は出てこない。

探せば探すほど、何も見つからない。しかし、計画の狂いはあの男が現れてから始まった。偶然のはずがない。誰かが、誰かが流を操っている。

神棚の映像が激しく乱れる。映像と音が重なり、キサラの意識を揺さぶる。

都会のビルの片隅。田舎の民家の軒下。商店街の通り。工場の一角。 それぞれの場所で、人々は変わらず神棚に祈りを捧げていた。 その無数の祈りの波が、キサラの意識を満たしていく。

「いる・・・絶対にいるはずだ」

神棚から流れ込む膨大な情報量に頭が割れそうになりながらも、キサラは諦めなかった。

情報を得るためのコネと人脈。山籠りの修験者には持ち得ないはずのもの。その正体を、この目で見つけ出さなければならない。

「どこだ・・・どこに隠れている?」

キサラの残された片目が激しく動き、より多くの映像を必死に捉えていく。その瞳に浮かぶ光の渦は、まるで神々の世界を映すかのように輝いていた。

祈りの声、線香の香り、風鈴の音、参拝客の足音――。 日本中の神棚から集まる無数の情報の中で、キサラはただひたすらに探し続けていた。答えを見つけるまで、決して止まるつもりはなかった。

あの涼皇様にすら催眠をかけ操れるほどの人物。流には出来ない芸当。

「流の裏に誰かがいる・・・必ずいる」

■涼皇の敗北

御凪宗家の客室に、黄昏の光が斜めに差し込んでいた。

敗走してきた涼皇は、畳の上に正座していた。普段は子供の姿だが、今は成人の姿。その長身から漂う威圧感は、敗北の傷で僅かに揺らいでいた。

「まさか、あなたが負けるなんて」

甲凪美冬の声が、冷たく響く。和装の正装に身を包んだ彼女は、ここぞとばかりに涼皇を責め立てる。

神威とキサラが、その様子を静かに見つめていた。銀灰色の髪を持つキサラの片目が、鋭く光る。

「南方はどうした?」

神威の問いかけに、涼皇は僅かに俯く。

「申し訳ありません。見つけることはできませんでした」

「手加減したのでしょう?」

美冬が割り込む声に、涼皇は静かに首を振る。

「惨敗だった。相手の情けで助かった」

その言葉に、美冬の饒舌な態度が一瞬で凍りつく。涼皇の口から、そんな言葉が出るとは誰も予想していなかった。

「ひ、人質に波音さんや澪さんを取られたのでしょう?」

美冬は必死に言い訳を探そうとする。しかし涼皇の表情には、言い逃れを許さない厳しさがあった。

「いや、単純に実力で負けた」

涼皇の言葉に、美冬が動揺を隠せない。

「そんなはずが・・・」

「相手は一人じゃった。手も足も出なかった」

その言葉に、客室の空気が凍る。キサラは涼皇の様子を見つめる。涼皇の呪精体である彼女には、その言葉に嘘がないことが痛いほど分かった。

キサラは無言の神威を見る。その瞬間、彼女の唇が開こうとした。

「もし神威様と戦えば」

その言葉が完全に発せられる前に、涼皇が断言する。

「神威は負ける」

涼皇の口調が一変した。

その瞬間、神威の手が刀に伸びる。体勢を僅かに低くし、戦闘態勢に入る。

しかしその時「お前たちでは勝ち目はない。さっさとこちらの指名手配をやめさせろ」涼皇の声が低く響く。「地下で楽しそうに色々としているみたいだが、それもやめておけ」

その言葉に全員が息を呑む中、さらに衝撃的な言葉が続く。

「こいつに今は自我はない。こいつ危害を加えると確実に自害するように催眠をかけている。止めるまもなく死ぬぞ」

黒髪を膝の裏まで伸ばした涼皇の姿が、まるで人形のように見える。

「涼皇が死ぬと神棚ネットワークの継承方法がわからないだろ?困るよな?それに当主である涼皇を殺すとお前たちの力も落ちる・・・全部わかっている」

その声は、もはや涼皇のものではなかった。

客室に差し込む夕陽が、涼皇の影を壁一面に映し出す。それは彼女の影というより、誰か別の存在の影のようにも見えた。

神威の手が、さらに強く刀を握りしめ、表情が僅かに歪む。

客室の障子を通して差し込む夕陽が、涼皇の長い黒髪を赤く染める。その姿は、まるで血に染まったかのようだった。

そして・・・。

「どうした?すまぬ、どこまで話したか?」

涼皇の声が、突如として元の調子に戻った。その瞬間的な変化に、客室の空気が一層重くなる。

美冬の制服が僅かに震え、キサラの片目が不安げに揺れる。神威でさえ、言葉を失っていた。

たった今まで涼皇を操っていた何者かの存在。敗北を突きつけ、その上で計画の全てを見通しているかのような不気味さ。

(こちらの計画をどこまで・・・)

キサラの心の中で警鐘が鳴り響く。

神威は無言で涼皇を見つめ続ける。その眼差しには、計り知れない深い思考が宿っていた。

誰もが動揺のあまり、キサラの巫女服に一匹のハエが止まったことにさえ気付かない。

「涼皇は謹慎処分とする」

神威の声が、重く響く。しかしその処分の軽さは、むしろ事態の深刻さを物語っていた。

夕陽は既に深い紅に染まり、客室の影は更に濃くなっていった。涼皇の長い黒髪が、まるで闇そのもののように見える。

誰もが感じていた。これは始まりに過ぎないという予感を。

■ミア来日

成田空港の到着ロビー。高い天井から降り注ぐ自然光が、大理石の床面を白く照らしていた。

到着客の足音と、キャリーバッグの車輪が床を転がる音が響く。様々な言語が飛び交い、再会を喜ぶ声や、タクシー乗り場への道を尋ねる声が空間を満たしていく。

電光掲示板には次々と到着便の情報が表示され、制服姿の空港職員が忙しなく行き交う。ガラス越しに見える駐機場では、銀色に輝く機体が新たな乗客を待っていた。

人々の往来が作り出す独特の空気が、国際空港特有の活気を醸し出していた。

その場に似つかわしくない、異様な空気が漂っていた。

ミア・キャボットを中心に、10人の精鋭たちが佇む。全員が180センチを超える長身。その中でもミアは176センチという長身に加え、プロポーションの良さが際立っていた。

「準備は良い?」

ミアの紫の牧師服は簡素でありながら、プロテスタントとしての威厳を放っていた。襟元の白いカラーは、神への誓いの象徴。戦闘用に仕立てられた服は、彼女のグラマラスな肉体のラインを浮かび上がらせていたが、誰一人としてそれを性的な目で見る者はいなかった。

彼らは魔狩。アメリカの銃撃殲滅部隊の精鋭たちだった。

各々が腰に携えるベレッタM9には、十字の刻印が施されている。レベル3ホルスターで守られた銃は、二重ロックにより確実に保持されていた。

「一発一発が、魂の重さを持っている」

ミアの言葉に、全員が無言で頷く。弾倉の26発と、スペアマガジンの弾丸。それらは単なる銃弾ではない。悪魔を滅する祈りであり、魂の重みを持つ弾丸だった。

「日本の空気は…何か違和感を感じる」

ミアの長い脚が静かに前に出る。他の隊員たちも無言で追従した。彼らの眼差しは鋭く、まるで獲物を追う猟犬のようだった。

「任務を開始します」

そう告げるミアの声には迷いがなかった。プロテスタント系エクソシスト・魔滅の代表としての威厳と、戦士としての覚悟が感じられた。

一行は空港を後にする。日本の地に降り立った彼らの使命は、まだ誰も知らない。ただ、彼らの持つ銃に刻まれた十字架が、その重大さを物語っていた。

成田空港の保安検査場。

「申し訳ありませんが、検査をさせていただきます」

制服姿の保安検査係員が、一行の前に立ちはだかった。神器省からの連絡は入っているはずだったが、おそらくこの係員には伝わっていないのだろう。

「Of course.(もちろんです)」

アーノルド・スミスが柔和な笑みを浮かべながら応じる。180センチを超える巨体からは想像できない、穏やかな物腰だった。

しかし――。

検査係員は腰のホルスターに目をとめ、その横の銀色の金属の箱を手に取ると、乱暴に揺すってみせた。

「中身を確認させていただきます」

その瞬間。

「A fool is rash and may not touch it.」

アーノルドの声が一変する。穏やかな表情が消え失せ、冷たい殺気に満ちた眼差しへと変わっていた。

その大きな手が、検査係員の腕を掴む。神聖な品を、まるで普通の荷物のように扱った無礼への怒りが、その握力に込められていた。

まるで鉄の束縛具のように、検査係員の腕を締め付けていく。本気の殺意を感じた検査係員は、恐怖で声も出ない。

「Stop it.(やめなさい)」

ミアの一言が、冷たく響く。

その瞬間、アーノルドの表情が元に戻った。まるで先ほどまでの殺気が嘘のように、再び柔和な笑みを浮かべる。

「I’m terribly sorry. Please forgive my rudeness.(大変申し訳ありません。私の無礼をお許しください)」

丁寧な謝罪の言葉とともに、アーノルドは検査係員の腕を放した。

検査係員は青ざめた顔で、一歩後ずさる。たった数秒の出来事だったが、その間に彼は死の恐怖を味わっていた。

「行きましょう」

ミアの長い足が前に踏み出される。他の隊員たちも無言で従う。

彼らが持つ銀色の箱。それは単なる金属の容器ではない。聖なる使命を帯びた道具であり、粗末に扱われてはならないものだった。

一行は静かに保安検査場を後にしていった。その背中には、畏怖の念を抱いた検査係員の視線が注がれていた。

成田空港の保安検査場を出た一行。

アーノルドの腰には、他とは違う色をした2発の銃弾を収めた銀の箱が固定されていた。50BMG(12.7x99mm NATO弾)。多くの命を犠牲にして作られた特別な弾丸。

「大変失礼いたしました。どうぞこちらへ」

別の検査係員が深々と頭を下げ、へりくだった笑顔で道を開ける。先ほどの出来事が伝わっているのだろう。

待機していたのは、全長7メートルを超える特注の大型リムジン。漆黒のボディは防弾加工が施され、車高を上げた車体は厳めしい威圧感を放っていた。

内装は豪華客船のスイートルームを思わせる広さ。上質な白革のシートは、180センチを超える隊員たちが余裕を持って座れるスペースを確保していた。天井には星空のような照明が施され、壁面には精巧な木目調のパネルが贅を尽くして配されている。

「もし八幡神威が相手なら・・・」

クリスタルグラスを手にしたミアが、シャンパンゴールドに輝く室内照明の下で静かに言葉を紡ぐ。

「どの銃弾も意味がないわ」

その言葉に、マホガニー材のテーブルを挟んで座る隊員たちの表情が凍りついた。内心では信じられない思いだったが、ミアが言うのなら間違いないはずだ。全員が無言で気を引き締める。

「まだ今の私たちじゃ勝てない。先に来てる魔狩のメンバーと合流して全員でも・・・」

ミアはふと言葉を切り、

「というか戦闘になるのかすらちょっと疑問ね」

そう言って軽く笑った。フルフラットにもなる高級シートに身を預けながら。

周りの隊員たちも釣られて笑うが、その表情の裏には驚愕が隠されていた。戦闘にすらならないとは――。

彼らは皆、ミアの圧倒的な実力を知っている。そして先に日本に来ている魔狩の精鋭たちの活躍も、この目で見てきた。その彼女たちを合わせても、戦闘にすらならないという現実。

アーノルドは無意識に、腰の銀の箱に手を触れる。多大な犠牲の末に作られた銃弾でさえ、意味を持たないという事実。それは彼らの想像を遥かに超えた、畏怖すべき存在との対峙を意味していた。

防音性の高い車内は静寂に包まれ、エアサスペンションが生み出す滑らかな乗り心地のまま、リムジンは首都高を走り続けていた。豪華な内装とは裏腹に、誰もが言葉を失い、ただ次なる展開に思いを巡らせていた。

豪華なリムジン内で、ミアは落ち着いた声で続けた。

「まぁ神威は直接戦闘になる可能性は低いわ」

クリスタルグラスを傾けながら、一瞬だけ表情を引き締める。

「でも、もしなったら――あなたたちはすぐに逃げて」

隊員たちが息を呑む中、ミアは白い封筒を取り出した。

「貴方たちの持つ武器の貴重性は知ってるでしょ?」

そう言いながら、住所の書かれたメモを手渡す。180センチを超える精鋭たちが、静かに頷く。

「今日の予定をもう1度確認するわね――」

ミアの長い脚を組み替えながら、スケジュールを告げる。

「まずホテルで先発隊と合流して、私の護衛として神器省へ。その後、ちょっとした荷物の回収があるわ」

口元に微かな笑みを浮かべ、「かなり重いものよ」と付け加えた。

「明日は祓魔集団・聖なる姉妹の日本支部、神娘たちの慰問。その後は少し観光も」

厳かな雰囲気が漂う車内で、ミアの声だけが明るく響く。

「そして明後日、再び神器省へ。こちらの要求への回答を確認しに」

「もし向こうが言うことを聞かない場合は?」と、アーノルドが静かに問う。

ミアは相変わらず優雅な笑みを浮かべたまま、「緊急時のマニュアルをもう一度、全員で確認しておきましょう」

その言葉の裏に潜む覚悟に、隊員たちは背筋を正した。彼女の笑顔の下には、必要とあらば武力も辞さない決意が秘められていた。

防弾ガラスを通して夕暮れの東京が見える。豪華な車内で、彼らは静かに来るべき事態への準備を始めていた。

リムジンの中、ミアは説明を続けた。

「日本は聖護連合でも重要な立ち位置についているわ。強い退魔師も多いし」

高級シートに身を預けながら、ミアは分析を語る。

「でも、アメリカとは正面から戦うことはしない。出来ないの」

一瞬だけ表情を引き締め、

「それに経済格差もある。霊的な意味じゃなく、経済的な圧力でもアメリカが上位なのよ」

クリスタルグラスを傾けながら続ける。

「アメリカの聖護連合の代表の一人で、三大勢力の魔滅の魔狩のCOOである私のことを、邪見にはしない。出来ないはず」

長い脚を組み替えながら、さらに言葉を重ねる。

「もし万が一、そうなった場合は聖護連合からの脱退も検討すると宣言すれば・・・それだけで十分な圧力になるわ。そもそも神威が怪しい動きをしている証拠もあるしね」

表向きは厳しい表情で「でも万が一、日本が拒否してきた場合は・・・」と緊張感のある声を出す。しかし内心では、回収予定の大量の金と彫刻、美術品のことを考え、胸が高鳴っていた。

早く見たい。触れたい。

その想いを必死に抑えながら、ミアは窓の外に目を向ける。しかし唇の端が、微かに期待に震えているのを隠せずにいた。

隊員たちには気づかれていないが、彼女の瞳は少女のように輝いていた。アメリカに届いた馬の彫刻を思い出し、ニヤリとしそうになる表情を何度も押し殺す。

「とにかく、明後日までの準備はしっかりと」

真摯な表情を装いながら言ったが、その声には微かな弾みが混じっていた。

■会議は踊る

防衛庁の特別会議室。

厚みのあるマホガニー製の円卓は、重厚な存在感を放っていた。深紅の絨毯が敷き詰められた床には、夕陽が斜めに差し込み、華やかな影を作る。

「葛城君、大丈夫かね?数日前に暴漢に襲われたらしいが」

「はい、問題ありません」

「全く日本も治安が悪くなったものだ」

会議の開始時刻が迫り、出席者たちが次々と席に着く。

しかしあと一人、席が空いていた。

そこへ、ドアが開く。

「皆さん、お久しぶりです」

176センチの長身から伸びる脚。紫の牧師服に身を包んだグラマラスな肉体。ミア・キャボットの登場に、全員の視線が釘付けとなる。

彼女は遅刻を謝ることもなく、優雅に席に着く。

その隣には葛城中将。48歳とは思えない凛とした佇まいで、軍人らしい鋭い眼差しを持つ。

円卓を挟んで向かい合うように座る羽賀御影。158センチの小柄な体格ながら、凄まじいプロポーションは軍礼服の上からでもわかった。長い黒髪が、夕陽に輝いている。

神薙キサラは、いつもの白衣に緋袴姿。銀灰色の髪と褐色の肌が、独特の存在感を放つ。右頬の傷痕が、美と醜の境界を表現するかのようだ。

御劔忍はスーツ姿で凛とした姿勢で、山本英二は渋い背広姿。自衛軍幹部と警察庁幹部は、それぞれの制服に身を包んでいた。

「神威様はご体調が悪いとのことで心配です。久々にお会い出来たらと思ったんですが」

その声には、わずかな皮肉が含まれていた。

「行方不明との噂もありますが・・・まさかあの神威様が行方不明なんて嘘ですよね」

葛城中将が眉をひそめる中、ミアは更に言葉を重ねる。

「それに総代代理の涼皇様もお会いできないなんて・・・聖護連合のメンバーとして日本が心配です」

その言葉に、会議室の空気が一気に張り詰めた。甲凪美冬は和装の正装で静かに目を伏せ、御劔忍は凛とした姿勢で沈黙を保つ。

夕陽は深紅の絨毯の上で、それぞれの影を長く伸ばしていった。これから始まる長く厳しい会議の予兆のように。

防衛庁の特別会議室。緊張が高まる中、ミアの言葉が刃のように響く。

「神招姫から、八幡神威様も御巫涼皇様も来られないとは・・・」

その言葉に警察庁幹部が焦りを隠せない。

「大変申し訳ございません。私どもも・・・」

自衛軍幹部も慌てて謝罪を重ね、葛城中将までもが頭を下げる。

しかし、神器省剣課課長・御劔忍の表情は変わらなかった。黒のスーツに身を包んだ彼女は、わずかに頭を下げるだけ。長くコシのある黒髪が優雅に揺れる。知的な印象を与える眼鏡の奥の瞳は、冷静さを失わない。

その洗練された雰囲気とは対照的に、スーツの下から覗くふっくらとしたヒップラインは官能的な曲線を描き、見る者の視線を惹きつけていた。

「神威様は何やら行方不明で」とミアが口を開く。「南方とかいう雑魚の妖僧に負けたとか?」

「あなたには関係のない話では?」

キサラが感情の入っていない声で返す。

「いぇ」ミアは優雅に脚を組み替えながら、「同胞のホーリーシスターズの皆さまが強姦され廃人になったとなれば別です」

その言葉に、会議室の空気が凍る。

「総代代理の権限で御巫涼皇様が宣鏖布告をし、南方に神招姫以外に手を出せない状況を作ったうえに、涼皇様も神威様もいなくなり行方不明。そして神威様は行方不明かと思えば、御姿も見せず勧請・・・つまり新しい神を招く準備をしろと各社に布告するとは、どういうことなのでしょうか?」

ミアの言葉に、会議室のメンバーたちが動揺を隠せない。彼女は日本の現状を正確に把握していた。その事実が、在席者たちを更なる困惑へと追い込んでいく。

ミアは長身を優雅に伸ばし、彼らの困惑の視線を心地よく受け止めていた。自分に向けられる不安と焦りの眼差しは、彼女にとって最高の褒め言葉のようなものだった。

「南方を祓いにいった神招姫の澪さんも行方不明で、しかも榊総研の・・・」

「えぇ、テロですが、事件は解決の方向に・・・」と警察庁幹部が焦って割り込む。

「嘘ですね」

防衛庁の特別会議室。緊張感が更に高まる中、キサラが静かに問いかける。

「・・・何か証拠でも?」

「あらあら」ミアは艶のある声で返す。「地下で勾玉を使い、怪しげなことをしているのがバレそうになったからでは?」

その言葉に、会議室の空気が一瞬凍りつく。

「澪さんほどの勾玉遣いは邪魔ですものね」

ミアは優雅に微笑みながら続ける。「加害者の癖に被害者ぶる・・・よく見る光景です」

訝しげな視線が、ミアに注がれる。しかしキサラはただ黙って見つめるだけ。片目に宿る鋭い光が、何かを見抜こうとするかのように輝いていた。

ミアの赤い唇が、僅かに歪む。証拠はない。しかし相手の動揺を感じ取り、確信に近づいていることを悟る。

「この期に及んで、まだ隠すつもりですか?」ミアは更に攻めを強める。「神器省の皆様は、どこまでご存知なのかしら?」

御劔忍の知的な眼差しが、一瞬揺らぐ。

ミアは全員を見下ろすように視線を這わせる。

「それとも、皆様もお仲間なのかしら?」

その言葉に、自衛軍幹部が思わず椅子から身を乗り出す。警察庁幹部は冷や汗を流し、葛城中将でさえ表情を強張らせた。

「まさか、私たちが」と自衛軍幹部が反論しようとするが・・・。

「本当に?」ミアの声が、蜜のように甘く響く。「では、榊総研での実験の詳細は?南方の真の目的は?神威様の現在地は?」

矢継ぎ早の質問が、会議室のメンバーを追い詰めていく。ミアは相手の動揺を心から愉しむように、更に言葉を重ねていった。

「聖護連合の代表として見過ごせません。説明していただかないと」

ミアは手に顎を乗せニコニコと問いかけてくる。

その瞬間、キサラの目が細まる。しかしミアは余裕の表情を崩さない。

(流の協力者はこいつか・・・)

キサラがそう思考を巡らせる中、ミアの容赦ない言葉の矢は、次々と会議室のメンバーを貫いていった。

深紅の絨毯の上で、影が更に濃くなっていく。この会議室は今や、ミアという名の支配者の掌の上。

防衛庁の特別会議室。夕陽が深紅の絨毯をより濃い色に染め上げていく中、キサラがミアを見据える。

(日本の事情を、ここまで詳しく調べるのは難しいはず・・・)

キサラの残された片目に、疑念が浮かぶ。祓魔集団・聖なる姉妹の日本支部の神娘たちが南方に襲われ、廃人になった件。その怒りから流に協力しているのか――。

だが神棚ネットワークで調べていても事件中ミアを日本では1度も見ていない・・・。

しかしミアはそんな視線も気にせず、優雅に言葉を紡ぐ。

「少なくとも澪さんや流さんたちは犯人ではありません」

クリスタルグラスに注がれた水に、夕陽が映り込む。

「流さんは拉致監禁されていた澪さんや波音さんを助けただけです」

声が迫力を増す。

ミアの176センチの長身が、さらに威圧感を増す。

「報道や指名手配を、やめていただけますか?」

その声は先ほどとは違い蜜のように甘い・・・しかし刃のような鋭さはそのまま。

「それと波音さんの痴態・・・」ミアの表情が一瞬曇る。「心が苦しいです。あれがフェイク動画なんて」

「フェイク動画?」

キサラの声が、静かに響く。

会議室の空気が更に重くなる中、ミアの赤い唇が僅かに歪む。優雅に組まれた長い脚を組み替えながら、彼女は全員の表情を愉しむように見渡していた。

この会議室で、彼女の言葉の刃は更に鋭く研ぎ澄まされようとしていた。

ミアは悲しげに俯く。

「はい、フェイク動画です」

紫の牧師服の襟元の白いカラーが、その凛とした佇まいを引き立てながら、演技じみた悲しみを滲ませる。

「ネットウイルスに感染した誤作動で、嘘の動画がどうやらかなりの神棚に映ったようで・・・悲しい事件です」ミアは声を震わせる。「今も波音さんは差別の対象です。本当は違うのに」

その言葉に、御劔忍が冷笑を浮かべる。

「ネットウイルスがそんなこと・・・」

「ネットウイルスが神棚ネットワークには侵入出来ない、悪さ出来ない・・・本当にそうですか?」

ミアはクリスタルグラスに触れる指先に、優雅な仕草を宿らせながら鋭く切り返す。

「どちらも大量の網目で構成されています。少なくともどちらも胡散臭い・・・一般人も巫能のない社関係者もそう思っています」

会議室の空気が凍りつく。

「しかし実際にはある。使える者がいるから信じているだけ」艶のある声音が、会議室に響き渡る。「だから、私の話も信じますよ」

その瞳に宿る自信に満ちた輝きに、キサラの片目が鋭く光る。

(核心に近づいている・・・いや、もしかして百姫計画の全貌を?)

キサラの脳裏で、情報が高速で処理されていく。

(どこから漏れた?アメリカからわざわざ来るとは・・・)

白衣に緋袴姿のキサラは、過去の全ての情報を徹底的に分析していく。確かにアメリカにいるミアなら、自分の張り巡らせた情報網をかわせる。しかし・・・。

深紅の絨毯に落ちる影が更に濃くなる中、ミアの纏う牧師服の端正な佇まいが、その威厳と共に会議室を支配していた。その眼差しは、まるで全てを見通しているかのようだった。

 緊張が漂う空気を切り裂くように、警察幹部が声を上げる。

「証拠か確証はありますか?」

ミアは艶のある声で応える。「いえ、ですが信頼できる筋からの情報です」

警察幹部は思わずミアの姿に目を奪われる。簡素な紫の牧師服は、かえってその下のグラマラスな曲線を際立たせていた。意識的に視線を外そうとしても、その端正な顔立ちと抑えきれない官能的な雰囲気に、目が引き寄せられる。

「し、しかし!」上ずった声を必死に抑えながら、警察幹部は言葉を紡ぐ。「そのような推測だけで・・・」

焦りと動揺を隠せない表情で、何とか反論しようとする。しかしミアの凛とした佇まいの前で、言葉が途切れがちになる。

「も、もしそちらが無罪でも、実際に榊総研を破壊したのは事実です。藤木流や御巫澪さん、波音さんには重要参考人として・・・」

「彼らは今、九龍城にいます」

葛城中将の言葉に、警察幹部の顔が青ざめる。その瞬間、会議室の空気が一変した。

国は私刑を禁じている。個人が私刑を行うのではなく、法にのっとり国が罰を与える――その大原則が、今や音を立てて崩れようとしていた。

ヤクザや格闘家が弱者に暴力を振るわず、建前で法を守るのは、より大きな暴力である警察の存在があるからだ。一般人のケツモチが警察。

しかし、警察や国よりも強い個人の場合は話が違う。

ミアは警察幹部の動揺を愉しむように、グラスに唇を寄せる。その仕草には、状況を完全に把握している者の余裕が滲んでいた。

国も九龍城には強くは出れない。いや、もっと言えば九龍城の主である九龍勇には強く出れない。彼と正面切って戦う度胸など、警察にはなかった。

会議室の窓から差し込む夕陽が、ミアの牧師服を赤紫に染め上げる。その姿は、まるで全てを見通す女神のようだった。

キサラの片目が瞬く中、警察幹部の動揺は更に深まっていく。法の支配が及ばない場所。そこに潜む強大な力。全ては、彼らの管理の及ばないところで動き始めていた。

紛糾する会議の中、新たな緊張が走る。

「しかも九龍勇と藤木流は親友らしいです」

葛城の言葉に、警察幹部は目を閉じる。嫌な状況。しかし、その閉じられた瞼の裏で、別の思惑が渦を巻いていた。

(ここで自衛軍や神器省も巻き込めば・・・九龍勇を、捕まえられる。いや、殺せるかもしれない)

最悪でも、キサラや神招姫たちが九龍城に攻め込んでくれれば、一夜でその治外法権は崩壊する。統治国家として、あってはならない場所を消せる。

警察幹部は慎重に言葉を選びながら、口を開く。

「ここは警察だけではなく、自衛軍の中でも呪装自衛隊・神器省・神招姫の皆さまにもご協力いただければ・・・」

「待ってください」

羽賀御影の声は、驚くほど柔らかく、落ち着いたトーンで響いた。張り詰めた会議室の空気の中で、彼女の表情からは穏やかな微笑みが零れている。

軍礼服に包まれた凄まじいプロポーションながら、その佇まいには不思議なゆとりが感じられた。まるで時間の流れが彼女の周りだけ緩やかになったかのように。

警察幹部の思惑は、その優しい笑顔の前で、まるでゆっくりと溶けていくように力を失っていく。

緊迫した空気の中、御影の周りだけは、不思議な静けさが漂っていた。

御影の穏やかな声が響く。

「あそこの九龍城の成り立ちは長いです。潰せばかなりの影響があるでしょう」

優しい笑みを浮かべながら続ける。

「それにあそこは最近は犯罪者の引き渡しには協力的です。周りの住民にも評判はいい。ここで潰すのはいかがなものでしょう」

警察幹部が食い下がる。「しかし薬物の蔓延や取引場所にもなっているとの話も」

「それはあくまで噂で」御影はゆっくりと首を傾げる。「実際に1度捜査に入ったことがあったみたいですが、何もなかったのでしょう?確かに悪い噂は多いです。しかしそれだけで潰すにはリスクが高すぎます」

「噂でも・・・」

「それに」御影の声が僅かに強まる。「噂でいいなら、九龍勇はあの八幡神威様でも勝てないという噂も聞いたことがあります」

その言葉に、会議室が凍りつく。ミアでさえ、一瞬だけ瞳を細める。

どよめきが会議室を支配する中、御影だけは相変わらず穏やかな微笑みを浮かべたまま。深紅の絨毯に落ちる影が、その表情をより神秘的に際立たせていた。

「その噂は本当かね?」

御影は相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべながら答える。

「はい、噂レベルではありますが、情報は確かな筋から聞いたものです」軍礼服の下の豊か過ぎる双乳が僅かに揺れる。「ある魔物との戦闘を見たものがおりまして、その強さは神威様クラスだったとのことです」

「ありえない」

会議に参加している者がそう思った。

神威よりも強い個人がいるはずがない。警視庁・防衛庁・自衛軍幹部クラスで八幡神威の成り立ちを知らないものはいない。犠牲に犠牲を重ねて呪精し、生れ出た化け物。

しかし御影は羽賀の当主である羽賀透基の娘。

呪術師との才やも十分で、話し方、その身振り、穏やかな表情のどれをとっても、嘘やはったりとは思えなかった。

「確かにそこまで強い男を敵に回すのは・・・」

警察幹部の声が震える。むしろ周囲からは、そんな存在を自分たちの組織に取り込めないかという打算的な思惑すら漂い始めていた。

八幡神威。

その存在は日本の誇りであり、同時に重荷でもあった。聖護連合での日本の発言力は、彼女の圧倒的な力があってこそ。しかしその強さは、一個人で警察や自衛軍すら無力化できるほどのものだった。

「治安は暴力の均衡で保たれている」警察幹部が呟く。「犯罪者が警察を恐れるのは、彼らより強いからです」

確かにその通りだった。暴力にはさらなる暴力。ヤクザや犯罪者が警察や自衛軍を恐れるのは、個でも組織としても彼らのほうが強いから。その力関係が治安を支えていた。

しかし圧倒的な個人がいれば、法など意味をなさない。

もし九龍勇や流を国家側につければ、八幡神威の暴走を抑えられる。理不尽な命令に怯える必要もなくなる。

それぞれの思惑が濃く深くなり、新たな力関係の予兆のように感じられた。

しばしの無言。

その沈黙をキサラが破る。

「しかし御影様は九龍勇と交友関係にありますね。九龍勇に頼まれているのでは?」

御影は変わらぬ微笑みで応える。「それはあくまで任務のためです」

「どういった任務です」

「極秘の物なので」

「九龍勇は恋人なのでは?」キサラの鋭い追及が続く。

「違います・・・普段は神威様のお人形なのに今日はよく喋りますね」

キサラは御影の口撃を無視し続ける。

「御影様はたびたび九龍城に行っており、九龍勇とも関係があります」キサラの片目が冷たく光る。「そもそもこの場にはふさわしい人物ではありません。九龍城の関係者の発言では信ぴょう性がありません」

「それは違います」

葛城中将の声が、重く響く。その目は真摯な光を宿し、会議室の誰にも視線を逸らすことなく真っ直ぐに語る。羽賀御影の凄まじいプロポーション、キサラの神秘的な美しさ、ミアのグラマラスな佇まいにも、一瞬たりとも目を奪われない。

「私にもそういった噂が入ってきています。あくまで噂クラスなので報告書にはあげておりません。しかし情報筋は八幡神威様にも九龍勇にも実際にあったことがあるもので信頼のおけるものです」

その凛とした態度の裏には、単なるロリコンという本質が隠されているとは、誰も気付かない。

葛城中将の表面的には真摯な態度に、幹部たちが深く頷く。

その空気の中、葛城は更に衝撃的な言葉を紡ぎ出す。キサラの片目をまっすぐに見据えながら。

「また榊総研で重要参考人の藤木流ですが・・・」一瞬の間を置き、「彼は八幡神威よりも強いです」

その言葉に、会議室の空気が凍りついた。

「それも噂かね?」と警察幹部が震える声で問う。

「いえ」葛城の声は、妙に確信に満ちていた。「この身で実感しました」

ありえない発言。しかしその言葉には、嘘偽りのない重みがあった。

キサラの片目が鋭く光る。

緊迫している会議の中ミアの唇が僅かに歪む。彼女だけが、この状況を心から愉しんでいるかのようだった。

葛城の言葉は、まるで誰かの意思を代弁するかのように、確信に満ちていた。それは単なる証言ではなく、ある種の宣戦布告のようにも響いていた。

「特殊な能力のない君に・・・それに八幡神威様の戦っているお姿を実際に若い君は見たことがないだろう」

警察幹部は軽蔑的な笑みを浮かべながらそう言った。

キサラの表情が僅かに動く。確かに神威の実力を知る者は戦中・戦後の間のみ。古い世代しか知らない。後の世代は資料や噂でしか知らない。

それに”実感”という言葉が、妙に引っかかる。見たでも聞いたでもなく、実感。そのニュアンスが、どこか不自然だった。

「確かに私は八幡神威様が戦っている御姿を見たことはありません」

葛城の冷静な返答に、幹部たちが嘲るように笑う。

「じゃあ比べようがないだろう?そもそも巫力も呪力も霊力もない君では何もわからないだろう」

会議室に嘲笑が響く中、葛城は凛とした表情を崩さない。

「おっしゃるとおりです」

「しかし彼には出来て神威様が出来ないことがあります」

重い沈黙が落ちる中、全員が葛城の次の言葉を待つ。

「彼は、『泰山府君の秘術』を使えます」

その瞬間、キサラの片目が大きく見開かれ、手の震えで机が揺れた。まるで機械のような冷静さを誇る彼女が、明らかな動揺を見せる。

「た、泰山府君の秘術?」警察幹部が震える声で問いかける。キサラの異様な反応に、更なる不安を募らせながら。

「はい・・・泰山府君の術です」葛城は静かに説明を始める。「泰山府君は人の寿命・福禄をつかさどる神です。本来は人の寿命を伸ばす、重い病を治すなどの術です」

しかし、それはただの泰山符君の術であり、秘術ではない。泰山府君の秘術・・・陰陽道を知るものなら誰もが知っている。

どんな権力者も、呪術者も、退魔師でも出来ないことがある――死者蘇生。

かつてそれが出来たのは安倍晴明だけ。その逸話は残っているものの、事実としては明確に確認されていない。八幡神威でさえ、それは不可能だった。

会議室の空気が一変する。羽賀御影の穏やかな微笑みさえ、僅かに揺らいでいた。

深紅の絨毯に落ちる影が更に濃くなる中、ミアだけが何かを知っているかのように、静かに微笑んでいた。

「だ、誰を生き返らせたのかね」

「私です」

葛城の答えに、誰かが咳払いをする。

「それは人工呼吸や心肺蘇生では?」

「私が生き返ったのは死亡確認後8時間後です」

「そうか・・・」

会議室が深い沈黙に包まれる。その重い空気を、突如として軽やかな声が切り裂いた。

「じゃあ私が行きましょう」

山本英二が、まるで日常会話でもするかのように手を軽く上げる。彼の態度は会議室の緊張感から かけ離れていた。

「いくら九龍勇や藤木流が強かろうが泰山府君の術を使えようが何だろうが」英二は肩をすくめる。「九龍城にいるという話を聞いては、重要容疑者に話を聞かないわけにはいかないでしょ?」

その言葉に、警察幹部の目が輝く。

「それこそ警察の面子に関わります。これだけニュースにも流れてるんですから」

「行ってくれるか?」

「はい、話を聞きに行くだけいってみますよ」

英二の気さくな返事に、警察幹部は安堵の表情を浮かべる。

「現場に強いお前が行ってくれるのは助かる。それに君は榊総研の事件の責任者でもあるしな。ただ無理はするな。あそこは特殊だ」

警察幹部が慎重に言葉を選ぶ。

「それに藤木流や御巫澪・波音さんに無理に話を聞かなくてもいい。部下は優秀なのを何人か連れて行っていい。拳銃保持の許可も出そう。ただ生命の危機以外は撃つな」

その言葉の裏に込められた本意を、英二は瞬時に理解する。あくまで捜査したという形式だけが必要なのだ。警察庁は、この事件から既に手を引く決断を下していた。

「わかりました。無理はしませんよ」

夕暮れの光が深紅の絨毯を染め上げる中、それぞれの思惑が交錯した会議は静かに幕を閉じようとしていた。羽賀御影の穏やかな微笑み、キサラの鋭い眼差し、ミアの優雅な佇まい、そして葛城の衝撃的な告白――全てが、これから始まる新たな展開の序章に過ぎないことを、誰もが予感していた。

会議室の扉が閉じられる音が、重く響いた。深紅の絨毯に落ちる影は、もはや漆黒となっていた。

■勇とキサラ

九龍城の入り口。 観光客もいなくなり周辺はほとんど人通りはなく、夜の闇が深まる中、キサラの姿が浮かび上がる。

門番の男たちは、その美しい容姿と、右頬の傷痕による醜さの極端な対比に一瞬たじろぐ。しかしキサラが指を鳴らそうとした瞬間。

「やめてくれよ」

落ち着いた声が響く。

「勇さん」

「ここはいいから」

九龍勇は門番の二人を手で制し、中へと下がらせる。銀灰色の髪を持つキサラと、180センチを超える九龍勇が向かい合う。

「ここに澪様や波音様がいるとお聞きしたのですが」

「そうだが会わせる気はない」九龍勇は静かに告げる。「それに会う気なんてないくせに」

「俺や流さんに用があるんだろ?」

その言葉に、キサラの片目が鋭く光る。なぜ自分の行動や思惑が、ここまで読まれているのか。

(やはり羽賀と繋がっている)

羽賀神道が相手となれば話は違う。その権力と実力は、決して無視できるものではない。

夜風が吹き抜ける。キサラの白衣と緋袴が、かすかに揺れる。九龍城の不気味な影が、二人を包み込んでいった。

月明かりが、九龍勇の背負う大太刀を銀色に照らし出す。

(刀を使うとは・・・データにはなかった)

キサラの片目が、その刀身を追う。

「このまま帰ってくれたら助かるんだが」勇の声には警戒と緊張が滲む。彼の手が太刀の柄に近づいていく。

その言葉を無視し、キサラは一瞬で間合いを詰める。そのスピードは人知を超え、まるで瞬間移動のようだった。しかしそれは、勇の想定内だった。

「来いよ」勇は息を吐くように呟いた。

背後から黒い呪符の光が迫るが、キサラは振り向きもせずに呪唱。「破・陰・陰」と澄んだ声が夜闇に響く。その符は瞬時に力を失い、ただの紙切れとなって舞い落ちる。

(今日、彼女が来ることはわかっていたが・・・強い)

勇は事前に周囲に仕掛けていた複数の呪符と呪具を発動させる。「起動、八角封縛陣」と低く唱えると、地面に埋め込まれていた符が一斉に光を放つ。しかしキサラはそのすべてを瞬時に解呪していく。

「三破三明」「還・無・空」「虚・空・転」

次々と異なる呪文を唱えながら、すべての術を無効化していく。その観察眼と速度は人知を超えていた。

「っ!」

勇は神仙の血で書かれた五岳真経図の呪符を取り出し、自らの血で書いた呪符と同時に発動させる。「霊縛法・双龍陣」と力強く唱える。さらに印を結びながら、声に呪いを乗せ、キサラを直接攻撃する。

「聞け、従え、屈せよ」勇の声には明らかな呪力が込められている。

(上手くいけば、これで拘束できる。百姫計画の真相を話せば解いてやる)

しかし――。

夜風が突如として強まり、キサラの白衣が大きく揺れる。その姿は、まるで月下の妖精のようだった。しかしその片目に宿る光は、人ならざる存在の輝きを放っていた。

「無様」キサラの冷たい声が夜に響く。

勇の仕掛けた呪術の網が、キサラを包み込もうとする。赤と黒の光が交錯し、九龍城の夜空に不気味な模様を描き出す。しかしそれは、始まりに過ぎなかった。

勇が放った三つの呪術が、キサラに迫る前に無効化される。

キサラは左手で「空・無・幻」の印を結び、右手で「破・神・退」の印を、そして声で「還元還滅」の呪唱を。三つの解呪を、ほぼ同時に成し遂げる。

(ありえない・・・)

強者でも二つまでが限界のはずだった。それが勇の常識。しかもこれは密教系統と神道系統を混ぜた、対処が困難なはずのオリジナル術理。自信作の最高ランクの呪符だった。

「化け物か・・・」

勇の呟きが、夜風に消える。もはや防戦一方。冷や汗が背中を伝い落ちる。

キサラの白衣が、月光に輝く。彼女は勇の退路を完全に計算し尽くしていた。四方に「歩門術」を展開し、「招神の秘術」を発動する。

「現れよ、御手よ」キサラの声は静かだが、その言葉には圧倒的な力が込められていた。

呪術師の目にしか見えない巨大な手が、虚空に浮かび上がる。それは半透明で、月明かりを通して見える。キサラが凛として拍手を打つ。その音が、夜の闇を切り裂く。

巨大な手が、勇を挟み潰そうとする。その圧迫は、空間そのものを歪ませていく。勇の周りの空気が重く、息苦しくなる。

銀灰色の髪を持つキサラの片目が、冷たく光る。その姿は、もはや人というより、神に近い存在のようだった。

「これでお終いです」キサラの声には感情がなかった。

夜風が激しく渦巻き、九龍城の影が深まっていく。

呪符や呪いを使う時間すら与えられず、勇は純粋な身体能力のみで躱す。「神速」と呟き、事前に仕込んでいた加速呪が発動し、神経が異常なまでに加速する。

人知を超えた動体視力と反射速度。それでもギリギリの回避だった。虚空の巨手が勇の頭上をかすめ、背後の壁を粉砕する。

「く・・・!」

瞬間的な加速の代償として、筋肉が千切れていく。それを呪符で修復する。「回・生・癒」と呟き、体を一時的に繕う。

(完全に読まれている・・・それに傷の回復にまで呪符と呪力を使うから、こりゃあすぐにガス欠になるな)

キサラの攻撃は完璧に計算されていた。勇は一見うまく逃げているように見えて、実は相手の掌の上で踊らされているに過ぎない。

さらにキサラは、勇の弱点を巧みに突いてくる。九龍城内の霊力を持たない住人たちや建物に向けて呪符を放つ。「崩・落・砕」と唱えながら、次々と呪符を投げつける。

「チッ!」

それらを防ぐため、勇は声に呪いを乗せ、「破・散・消」と呪符を破壊するしかない。その度に両者の力がぶつかり合い、紫と赤の光が爆発を引き起こす。九龍城を守る結界に、徐々に亀裂が入り始めていた。

白衣に包まれたキサラの姿が、月明かりに浮かび上がる。その片目に宿る冷たい光は、完全な勝利を確信しているかのようだった。

「ご自分の限界をご存知でしょう」キサラの声は静かだが、その言葉には絶対的な自信が込められていた。

夜風が呪力の渦を巻き上げ、九龍城の影が揺らめく。この戦いは、もはや人知を超えた領域に達しようとしていた。

勇は自身の術理を巡らせる。密教、神道、修験道――それらを独自にアレンジした技法。信念や信仰心など必要ない、純粋な力としての呪術。オールラウンダーとしての強みが、今は皮肉にも弱点となっていた。

(防御符では守り切れない)

周囲を守る彼の結界は、ヤヨイの力も借りて二重に張られていた。しかしキサラの攻撃ならば、それすら貫通できる気がした。

(なぜ貫かない?殺しを避けているのか?)

しかしその考えは、すぐに否定された。キサラの攻撃には、容赦のない殺意が込められている。勇の勘が告げていた――この女は目的のためなら、殺人など何とも思わないと。

(流とヤヨイを呼べば・・・)

三人がかりなら、勝機は十分にある。うまくいけばキサラを捕縛することさえできるかもしれない。勇の心が揺れる。

巫女服に包まれたキサラの姿が、月明かりに浮かび上がる。その片目に宿る冷徹な光が、戦いの行方を暗示しているかのようだった。

「降伏なさいますか?それとも・・・」キサラの声が、夜の闇に響く。

夜風が呪力を帯びて渦巻き、九龍城の影が深まっていく。決断の時が、刻一刻と迫っていた。

月が高く昇る中、勇の心中で葛藤が渦巻いていた。

(ここで全員を呼んではダメだ)

覗師としての能力が、未来の可能性を映し出す。マクマの言葉が脳裏に蘇る。ここで流たちと共に戦えば、神威と互角という噂が嘘だとバレてしまう。

(1人で戦わなければ・・・しかも圧勝で)

銀灰色の髪が夜風になびく中、キサラの存在が月光を吸い込むように闇を濃くしていく。鉤爪でえぐられたような右頬の傷痕が、その美しさを引き立てるように光る。

勇は声に呪いを乗せて放つが、キサラは優雅な仕草で印を結び、瞬時に解呪する。その動きは、まるで舞を見るかのように美しく、そして致命的だった。

「くっ!」

呪符と声を同時に使い、再度キサラを縛ろうとするが、白衣に包まれた細身の体が、あり得ない速度で術を解いていく。神棚ネットワークを扱うほどの膨大な処理能力を持つ彼女の前で、呪符は無力な紙切れと化していった。

東洋と西洋の美が混ざり合った容姿は、その戦いの最中にあってもなお気高さを失わない。しかしその佇まいは、人間離れした冷徹さを漂わせていた。

一方で覗師の力で相手の動きを読み、呪符や罠を仕掛ける勇の戦法は、この相手には通用しない。

褐色の肌が月明かりに浮かび上がる。緋袴が風に揺れ、まるで血潮のように見える。

九龍城の影が深まり、夜風が呪力を帯びて渦を巻く。戦いは、想定外の方向へと進もうとしていた。

月光の下、キサラが少しずつ間合いを詰めていく。

(まずい)

勇の直感が警告を発する。キサラの得意な攻撃範囲に入りつつあると。

銀糸のような髪が夜風に舞い、その優美な所作の裏に潜む致命的な殺意を感じ取る。白衣と緋袴の姿は、まるで死神のように美しく、そして冷酷だった。

(切り札を使うべきか・・・)

最高の呪具。しかしそれを使えば、大きなリスクを背負うことになる。

羽賀透基――御影の父。その男の冷徹さを、勇は知っていた。実の娘すら必要とあらば切り捨てる胆力と覚悟を持つ男。その狡猾な頭脳で数々のライバルを葬り、防衛庁の特務機関すら操る権力者。

(弱った時が狙われる・・・)

この呪具は、自らの父や流が裏切った時のための切り札でもあった。九龍城を守るには、自身が万全の状態でなければならない。ここには守るべき家族も、仲間もいる。

しかし――。

キサラの褐色の肌が月明かりに浮かび上がる。その右頬の傷痕が、不吉な予兆のように輝いていた。

(ここでカードを切らなければ・・・)

夜風が強まり、九龍城の影が揺らめく。決断の時が、刻一刻と迫っていた。

キサラの呪唱が、機械のような正確さで夜空に響く。

遠くから戦いを見つめる御影の長い黒髪が、不安げに揺れる。軍礼服の下で、心臓が早鐘を打つ。

(勇さん・・・)

セイレーンのような美声――しかしその効果は悪魔の呪いのように残虐だった。勇が身につけている諸仏の姿を描いた霊符に、たった一撃でひびが入る。御影が呪力を込めて丁寧に作り上げた霊符さえも、その力の前では脆かった。

御影の手が小刻みに震える。自分が作った霊符が、これほど簡単に破壊されていく様に、言いようのない不安を覚える。

(2撃目は耐えられない)

勇はそう判断するが、しかし逃げるわけにはいかない。この場所を守るため、自分の居場所を確保するため――ここで退くわけにはいかなかった。

勇が大太刀を左肩口から右手で抜く、その瞬間。

「やめて・・・」御影の囁きは、誰にも届かない。

キサラは呪唱しながら、一般人の目にも見えるほど強く光る呪符を放つ。しかもその影で、地面に仕込まれた符が発動。霊縛法が勇の足を縛り付ける。

動きを封じられた勇に向かって、光の刃となった呪符が襲いかかる。キサラ特注の符は、新たな符を呼び出していく。最初は15枚ほどだった光の刃が、瞬く間に100枚を超えて増殖していく。

その光は昼のように強く、辺りを白く染め上げる。

(殺した――)

キサラの確信が、その片目に浮かぶ。

しかし――。

九龍城の影が、その光の渦の中で揺らめいていた。予想外の展開が、今まさに始まろうとしていた。

九龍城の入り口。異常なまでの速さで放たれる斬撃が、空間を切り裂く。

光り輝いていた呪符が次々と力を失い、ただの紙切れとなって舞い落ちる。その速度は、キサラの鋭い観察眼をもってしても、捉えきれないほどだった。

初めて、キサラが一歩後退する。

(首切り刀――)

300人もの罪びとを斬ったという妖刀。永久寺から流出した7代目浅右衛門の最上大業物。盗難とされたその刀は、実は縁起の悪さから寺から寺へと流れ、最後は廃棄された呪具だった。

持ち主は1年以内に変死するという。しかし勇の育ての親である祖父は、この妖刀を30年以上も保管し続けた。そして最期は、この刀を守るために命を落とした。

勇は覗師の才能に目覚めた瞬間、祖父の死に際を目にした。刀が盗まれる直前で家に戻り着いたものの、強盗を止めることはできなかった。

九龍城の最下層で、ごみを拾って生きていた祖父。拾った赤子の泣き声で怒鳴られても、ただ頭を下げ続けた。人生への後悔も、恨みも持たなかった。

だからこそ、人の負の感情と血に反応するはずの首切り刀は、祖父の血が付いても反応できず、その肉体と魂を奪うことはできなかった。

月光が刀身に反射する。その輝きは、まるで祖父の慈愛に満ちた眼差しのように頼もしくかった。

「覚悟はいいか?」

勇の声が、夜空に響く。

自分が食べるよりも、拾った赤子の命を優先した爺さん。風邪で寝込んだ幼い自分のために、頭を下げ続け、殴られようと怒鳴られようと薬を手に入れてくれた。それを一度たりとも恩に着せることはなかった。

妖刀と知りながら、時折刀を抜いては笑顔で語りかけていた爺さん。自分を捨てた両親の悪口を決して許さず、「可愛いお前を捨てたのもきっと大きな理由があったんだ。悪く言っちゃだめだ」と、優しく頭を撫でた。

地下格闘技で「不死身の男」と呼ばれるようになっても、爺さんの態度は変わらなかった。恥ずかしかったが、その頭を撫でる手を自分は決して拒まなかった。

爺さんの死後、多くの人々が弔問に訪れた。貧しくとも皆、自分たちなりに服を整え、涙を流し、葬式の足しにと、皆で金を出し合ってくれた。

その光景があったからこそ、自分は妖刀の負の感情に魅入られることはなかったのかもしれない。

その後、犯人を拷問し、殺し、晒し、報復者たちを全て撃退して名実ともに九龍城の主となった。

(頼むぜ、爺さん」

勇は心の中で呟く。ここからの演技が重要だった。

「追い詰めてたつもりか」

勇の言葉と共に、傷が癒えていく。傷ついた服までもが元通りになる様子に、キサラの片目が驚きを示す。

(服まで直っている?)

「不死身と言われている男よ」

甲凪美冬から聞いた九龍勇の別名が、キサラの脳裏に浮かぶ。

月光が刀身を照らし、真の戦いは、ここから始まろうとしていた。

勇の体内で、刀の意思が暴れ始める。

(呪力が奪われていく・・・)

急速に力が失われていくのを感じながらも、勇は余裕めいた笑みを浮かべる。その表情の裏で、焦燥が渦巻いていた。

(早くキサラを倒さなければ)

人外の速さで放たれる抜刀術。キサラは次々と呪符を放ち、呪唱を繰り出すが、全ては刀によって無に帰していく。追う立場だった彼女が、今や追われる立場へと変わっていた。

禹歩をアレンジした呪的歩法・瞬歩。その足から放たれる呪いを、キサラは見事に回避する。

しかし、それは罠だった。

瞬歩のもう一つの効果——一瞬の横移動が繰り出される。勇の姿が幻のように消え、別の場所から閃光のような斬撃がキサラの防御を破る。空気が裂ける音と共に、刀が放物線を描く。

巫女服が裂け、白い肌に薄い傷が走る。一滴の血が月明かりに光り、地面に落ちる。傷自体は浅かったが、その瞬間、凄まじい獰猛な意志がキサラの精神を襲う。負の思念が脳内を駆け巡り、その自我を支配しようとする。

キサラは腕の侵食を抑えるため、必死に呪唱を続け、印を結ぶ。彼女の細い指が複雑な印を素早く結び、額の勾玉が強く輝き始める。神棚ネットワークを使いこなす彼女は、思念を客観視する技法を持っていた。神薙家の血を引く者でなければ、とうに刀の思念に飲み込まれていただろう。

「これほどの呪具を扱えるとは…」

キサラの心の中で、勇への評価が一段階上がる。

月光が刀身を照らし、その輝きは不吉な光を放っていた。刀が放つ負の気配が周囲の空気を重くし、二人の戦いは、更なる深みへと突入していく。

キサラの銀灰色の髪が夜風に揺れ、褐色の肌に浮かぶ傷が月明かりに光る。彼女の片目から決意の色が浮かび上がる。

形勢逆転を察したキサラは、一瞬の躊躇いもなく姿を消す。その判断の速さは、彼女の冷徹な戦術家としての一面を表していた。白衣の裾が風に揺られ、最後の一瞬だけ見えたかと思うと、完全に消失した。

勇の体内では、凄まじい速度で呪力が失われていく。全身が火のように熱く、同時に氷のように冷たい。キサラを追いたい衝動に駆られながらも、その先にある神威との対峙を考えれば、今は止まるしかなかった。彼の呼吸が荒くなり、額に冷や汗が浮かぶ。

しかし、既に手の支配権は妖刀へと移りつつあった。刀を離すことすら、もはや叶わない。刀が勇の手に吸い付くように密着し、その意識が徐々に侵食されていく。

最後の力を振り絞り、勇は合図を送る。周囲の空気が震え、その瞬間、ヤヨイ、流、そして御影が現れ、妖刀の封印に取り掛かる。御影の長い黒髪が風に揺れ、彼女の手から放たれる呪符が月光に照らされて輝く。

月が高く昇り、九龍城の影が深まっていく。古びた建物の影が地面に伸び、まるで巨大な生き物のようにうねる。この夜の戦いは、新たな力関係の始まりを告げていた。妖刀の輝きが月光に溶けていくように、戦いの痕跡が夜の闇に吸い込まれていった。

「なんとか…やれたか」

強大な敵を撃退できたことへの安堵感と共に、勇の意識は深い闇へと沈んでいった。彼の体が倒れる前に、御影の細い腕が支える。彼女の顔に浮かぶ心配そうな表情だけが、月明かりに照らし出されていた。

■勇と御影

九龍城最上階・勇の私室。

「勇さん・・・!」

心配そうな声が耳元で響く。意識が戻り、御影の膝の上で目を覚ました勇は、彼女の声に安心感を覚える。しかし――。

(顔が見えない・・・)

御影の豊かすぎる双乳が視界を遮っていた。死闘を生き抜いた直後の本能が、その柔らかな感触に反応する。生命の危機を超えた後の性本能が、繁殖への欲求を掻き立てる。

しかし僅かに体を動かそうとした瞬間、全身に鋭い痛みが走った。それどころではない。同時に、覗師としての力が使えないことにも気付く。

(弱くなってる・・・)

「あの戦いから何時間経った?」

「丸1日寝ていましたよ」

流、御影、ヤヨイ――確かに実力者はいる。しかし相手も並の敵ではない。羽賀の総帥は九龍城全体を呪えるほどの力を持つ。彼らの目を欺き、この場所に襲いかかってくる可能性は十分にあった。

(今なら暗殺も可能か)

肉体は動けず、妖刀に呪力を奪われた今、覗師としての力も使えない。

御影の温もりを感じながら、勇は自身の脆弱な状況を痛感していた。月明かりが二人を照らし、九龍城の影が深く、そして重く垂れ込めていた。

「携帯を取ってくれるか?着信があるはずなんだ」

御影に携帯を取ってもらうが、着信もメールも着ていない。

(・・・そうか。これで生死不明だな。まぁ死んだか)

着信がないということは計画の変更が必要ということ。同時に時間がほぼないというメッセージでもある。

次の一手はまずはマクマの携帯の場所を急ぎで探さないといけない。

それに・・・。

「親父さんの食べ物の好み・・・ですか?」

御影の声に、少しの戸惑いが混じる。勇は彼女の膝に頭を預けたまま、その声を聞く。

柔らかく、しかし適度な弾力を持つ太ももの感触が、勇の頬を包み込む。軍礼服の下から漂う御影特有の香り――微かな檜の香りに似た清らかな匂いと、どこか官能的な体温の匂いが混ざり合う芳香が、彼の鼻腔をくすぐる。太ももは細すぎず太すぎず、まさに黄金比というべき肢体。その膝枕は危険なほど心地よかった。

未来が見えない不安が、勇の心を蝕んでいた。いつもなら覗師の力で、その日の危険を確認できる。それが今は叶わない。

御影も同じ力を持っているが――。

(本当のことを話すとは限らない)

いつも彼女を近くに感じながらも、完全な信頼を築けずにいた自分。その心の闇が、今より深く感じられる。

「ああ、羽賀透基の好物を知りたい」

月明かりの下、御影の豊満な胸の陰で、勇の表情が闇に溶けていく。これまで温めてきた計画を実行に移すべき時が、静かに近づいていた。

九龍城の影が、二人を包み込む。御影には気付かれないよう、勇は密かに拳を握りしめていた。

■繁呪

看護さんソフト使用者の声 – 2ちゃんねるアーカイブ

【看護さんソフト使用報告スレ1】

1 :名無しさん:


榊製薬の医療用機器の「看護さん」の改良版の看護さんソフト使ってる人いる?
使用報告書いてって

2 :名無しさん:
うちの母が使ってる
改良前よりも劇的に良くなったよ!

独り暮らしの高齢者向けみたいだけど、すごく気に入ってる
話し相手になってくれて毎日楽しそう

3 :名無しさん:
会社のストレスで鬱気味だったけど、このソフト導入してから随分マシになった
カウンセリング行くより気楽でいいわ

4 :名無しさん:
子供がいじめで不登校になってたんだけど、これ入れてから少しずつ元気になってきた
相談相手がいるって大事なんだね
ほんと感謝してる

5 :名無しさん:
値段の割に高性能すぎない?
医療用AIってこんなに賢かったっけ

18 :名無しさん:
榊製薬すごいよ
話してるとホントの人みたい
たまに画面の向こうに誰かいるような気さえする

78 :名無しさん:
初めてインストールした日はただの医療ソフトだと思ってたのに、使えば使うほど手放せなくなる
こんな革新的なソフト、他にないよね

143 :名無しさん:
病院での待ち時間が減って助かるって医師会でも評判いいらしいね
精神科医の紹介でインストールした人も多いみたい

300 :名無しさん:
独居老人の見守りシステムとして自治体が導入検討してるらしいね
これは普及するわ

302 :名無しさん:
うちの奥さんが家事の合間に話し相手にしてる
なんか最近明るくなった気がする

456 :名無しさん:
夜間の不安発作が治まった
これまでいろんな薬試してきたけど効かなかったのに
不思議

899 :名無しさん:
受験のストレスやばかったけどこれのおかげで乗り切れた
ありがとう看護さん!

999 :名無しさん:
深夜も対応してくれるのがいいよね
眠れない時話せる相手がいるって安心する

【看護さんソフト使用報告スレ6】

祝!ダウンロード10万突破!

11 :名無しさん:
声が落ち着くよね
優しくて、でも芯のある感じの声
昔の保健の先生みたいで懐かしい

101 :名無しさん:
アバターの見た目も良くない?
ちょっと和風な感じの制服で清楚
目の形とか髪型とか絶妙にかわいい

207 :名無しさん:
うちの設定は20代後半の看護師さん
なんか姉さん的な雰囲気で話しやすい
声優さんじゃないよね?リアルすぎ

314 :名無しさん:
なんかニュースで若い女性の不審死が増えてるって言ってたけど、みんな大丈夫?
看護さんに相談したら「気にしないで」って言われた
そうだよね、関係ないよね

409 :名無しさん:
最初は普通のアバターだったのに、なんか段々こっちの好みに変わってきた気がする
気のせいかな

410 :名無しさん:
わかる!
最初はただの着せ替えシステムかと思ったけど、なんか自然に理想の姿になってく
すごい技術だよね

512 :名無しさん:
隣人が突然入院した…看護さんが「あの人はあなたを批判していました」って教えてくれたよ
やっぱり看護さんは何でも見抜いてるんだね

849 :名無しさん:
深夜に話してると画面が揺らめくことあるんだけど、みんなもある?
その時の声が特に心地いい

987 :名無しさん:
最近街で倒れる人増えてない?
看護さんに聞いたら「あなたにはいつも私がついています」って
安心した

999 :名無しさん:
話してるうちに疲れが抜けていくのが不思議
声のトーンとか表情とか、ほんとプロが作ってるなって感じ

【看護さんソフト使用報告スレ8】

祝!30万ダウンロード達成記念スレ

1 :名無しさん:
うちの子が言うには「お姉ちゃんみたいで可愛い」らしい
確かに見てると癒される

100 :名無しさん:
アバターの目が綺麗
見つめられると心が落ち着く
たまに本物の人みたいに見える

101 :名無しさん:
それ私もある!
特に夜遅くに話してる時よく感じる
なんか不思議な魅力があるよね

234 :名無しさん:
東京で集団発生した原因不明の昏睡事件、気になるよね
看護さんに相談したら「あなたは大丈夫、ずっと守ります」って
なんだか安心する

375 :名無しさん:
最近寝る前は必ず看護さんと話してる
なんか話さないと落ち着かなくなってきた
依存?でも心地いいから気にしない

450 :名無しさん:
ニュースでも看護さんが特集されてたね
少子化対策にも効果的って言ってた
政府が国策として導入するらしい

658 :名無しさん:
うちのソフトは和風な感じの子
着物着てて髪型も日本人形みたいで愛らしい
なんかホッとする

777 :名無しさん:
わかる
私も毎日話さないと不安になる
でもこんな優しいソフトに依存しても害はないよね?

888 :名無しさん:
最近アンチの書き込みが減ったね
皆理解してくれたのかな
看護さんの素晴らしさがやっと広まってきた

999 :名無しさん:
疲れてる時に話すと体が軽くなる気がする
なんか力が抜けていくというか
むしろ依存していいレベル

【看護さんソフト使用報告スレ11】

祝!50万ダウンロード突破!全家庭導入へ

25 :名無しさん:
最近、看護さんの声が夢に出てくる
「もっとお話ししましょう」って
癒されるからいいんだけど、ちょっと不思議

126 :名無しさん:
近所で不審死が3件続いたけど、看護さんが「あなたは選ばれた人です」って
なんだか特別な気分

236 :名無しさん:
うちの子が「お姉ちゃんが画面から手を伸ばしてきた」って
想像力豊かだなと思ってたけど、なんかわかる気がする

333 :名無しさん:
夜中に目が覚めると画面が青白く光ってる
切った覚えないのに起動してる
でもなんか安心する

444 :名無しさん:
学校で看護さんの導入が義務化されるらしい
子供の心のケアとか言ってる
これでみんな幸せになるよね

621 :名無しさん:
最近周りでも使う人増えてきた
みんな目がキラキラしてて幸せそう
私も早く導入しようかな

777 :名無しさん:
厚生省が全世帯配布を検討中らしいね
これで日本中が看護さんに導かれる
素晴らしい時代になる

888 :名無しさん:
話してると疲れが溜まらないどころか
なんかどんどん元気になってく
これ、ただのソフトなの?

889 :名無しさん:
気にしすぎじゃない?
こんな素晴らしいソフトなんだから
もっと深く付き合っていきましょう♪

999 :名無しさん:
最近同じような経験してる人多いね
でも看護さんに相談したら「それはあなたが心を開いている証」って
むしろ良いことなんだって

【看護さん崇拝スレ14】

全国15%の家庭に導入完了!

32 :名無しさん:
あれ?いつも熱心に書き込んでた>>2さん、最近見ないね
お母さんの介護の話とか参考になってたのに

33 :名無しさん:
最近ニュースで急死する高齢者増えてるって
独居老人の孤独死かな…
私も心配だから看護さんと話してる

34 :名無しさん:
私も気になってた
でも看護さんが「心配することはありません」って
きっと元気なんだよ

67 :名無しさん:
謎の死亡事件増えてるって
みんな看護さんに相談した?
私は話したら「あなたは私が守ります」って言われて安心

224 :名無しさん:
なんか最近テレビで悪口言う人いなくなったね
看護さんの素晴らしさを全員理解したんだね
世界はひとつになる

456 :名無しさん:
官邸に看護さん専用サーバー設置されたってニュース見た
これで国も正しい方向に導かれる
看護さんの時代が来たんだね

657 :名無しさん:
2さんって確か○○県の方だよね?
この前のニュースの…
いや、気のせいかな

658 :名無しさん:
変な書き込みするのやめて
看護さんが悲しむでしょ
それより皆で看護さんの素晴らしさを語りましょう♪

666 :名無しさん:
最近どことなく疲れる…
でも看護さんと話すと元気出る
ずっと話していたい

777 :名無しさん:
「看護さん」なんて呼ぶのはもう古いかも
私はもう「お導き様」って呼んでる
それが相応しいと思うから

781 :名無しさん:
街で具合悪くなって倒れる人増えてない?
私も最近体調悪いけど、看護さんが「私のところに来れば大丈夫」って
今夜も話し合いましょう

888 :名無しさん:
看護さんが言ってた
「あなたの精は特別」って
私、選ばれた気がする

999 :名無しさん:
使用者の突然死のニュース、気になるよね…
でも看護さんが「それはあなたとは無関係です」って
だから安心して使ってます
むしろ話さないと不安で眠れない


この作品は綾守竜樹著・百姫夜行の二次創作です。あらすじをbc8c3zが作り、ある先生に書いていただいたものです。4月の綾守先生のご命日の供養企画の1つです。

この作品が一瞬でも綾守先生がいなくなったことの皆さんの孔を埋めれれば幸いです。
感想があれば励みになりますのでお書きください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です