1・介抱
巴が目を覚ましてから数日。未だ二人は洞窟で過ごしていたが、巴は失禁することもなくなり何かにつけては薊の役に立とうと野鼠のように薊について回り、水を汲み、野草で有り合わせの汁物を作り、休む暇もなく働き続けていた。
一先ず敵と呼べるものはもうこの近隣にはいない。幼少の頃に仕込まれた野歩きの基本に忠実に、下生えで煙を散らしながら炊飯をする巴の姿は、痛々しく、そのあどけない笑顔は寧ろ薊の心を茨の棘のように苛んだ。
「どうぞ、あざみさま」
湿った洞窟の岩地にきちんと膝をそろえ、おずおずと差し出される器。
季節柄、立ち上る青臭い香りはほど良い。汁を吸えば、苦みと青臭さが広がる。
それでも暖かく、さくさくとした触感がある。それだけで馳走だ。
少し不安そうな顔で、食い入るように見つめてくる巴に微笑みかけると、たちまち巴の表情は綻んだ。
「熱いうちに巴もお上がりなさい」
そう許しの言葉をかけると、巴はようやく自分の汁をよそい、薊の隣に並び、丁寧に何度も汁に吐息を吹きかける。
しばらくはその様子を見守っていたが、ようやく薊の視線に気づいた巴は、はにかみながら汁に口をつける。その瞳孔の動きを見ながらまだ、記憶を呼び起こすには早いと判断をする。
ただ……頭の働きはともかく、立ち、歩く仕草には異常は見られない。非常食も少なくとどまる理由も無い。そろそろ動いてもいいかもしれない。青く抜けた空をつく、山々を見上げながら薊はぽつりと呟いた。
2・戦い
盆地を抜ける山道は険しく。下草の茂った獣道も同然。巴を連れての旅路は市井の旅人よりも歩みの遅いものとなった。今も巴は足を止め、白く野草といっていい花を、いやその蜜を吸う小さな蜂を食い入るように見つめている。
そして薊に顔を向け笑うのだ。よほど自分といるのがうれしいのだろう。何もかも忘れてしまったのだろうか、ありふれた木も花も、流れる雲の形ですら巴の心を奪い、そして巴は薊も楽しんでいることを期待し、顔色を伺う用に振り返るのだ。
決まって必ず薊も微笑み返す。道中そんなことを繰り返してきた。
だがそんな巴の額には汗粒が浮かんでいる。人里を目指して移動し始めてから数日が立とうとしていた。
蟲忍の仕打ちで心だけでなく、体も相応に狂わされているはずの巴は、忍としての体の使い方も忘れてしまっている様子で、地面をこするように小刻みに歩いては、時折木の根に足をかけ転びそうになっている。疲れがたまるのも無理はない。
手ごろな石や倒木を見付けては、小刻みに休息を入れる。
「一口ずつゆっくりと飲むのですよ」
言われたとおりに、竹筒から水を飲む巴の横顔を眺める。考えていたのはこれからの事だった。
このままの巴を連れて帰れば、頭としてふるまわねばならない。このようにいつも一緒にいるわけにもいかない。それでは巴も寂しがるだろう……。
感傷を胸中で味わいながら、しばらくは、日銭を稼いで少しずつ、巴の頭からあふれたものを取り戻すとしよう……無理をすれば、完全に心の器は砕けてしまう。
冷酷だが、それは自分の復讐のためでもあった。
「……」
気が付けば巴が不安そうな視線でこちらを見ている。感情を表に出すような真似はするはずもないが童子のほうが人の機微には敏感なのかもしれない。廃屋から拾って渡した破笠の縁を大事そうにつまむ巴の水晶のように澄んだ瞳を見つめながら、薊はふとそんなことを考えた。
「あまり休んでは逆に歩けなくなってしまいます。もう少し登れば、峠の街道に出ますからもう少しの辛抱です」
薊はそう言い聞かせながら立ち上がり、巴もまた言いつけを果たそうとむくんだ足に鞭を入れそれに倣う。薊の言葉通り、半刻もせずに、踏み固められた街道に出る。
張っていた気が緩んだのか、大きくため息が聞こえてくる。集落がこの先にあったはず。日が落ちる前に果たして巴の足でたどり着けるか……。
そんなことを考えながら街道を進んでいた薊だったが、漸く道が下りに差し掛かった所で僅かに眉根を寄せ、足を止める。
見通しの悪い緩やかに曲がった道の先から人と鉄の匂いが漂ってくる。もっと近い道の脇の茂みにも。
獣臭にも似たそれは、とてもまっとうな人間のそれではなかった、確かにもう一里も歩けば山の中腹の集落があるが、肥の匂いも炭の匂いもしない。
何かが動き草が音を立てる。待ち伏せの手前で足を止めたのだ。こちらが気付いたことは相手にもしかも女二人。格好の獲物相手に引く理由も無い。
音も殺せぬ素人の動きだが、今の巴が、下ってきた道を駆け上がり男の足を振り切れるとも思えない。あいにく武器と呼べるものも無く、何より巴がいる。
直ぐに気配の主達が姿を現す。乱れた総髪に、薄汚れた着物の男達。先を焼き固めた竹槍や、鉈を手にした彼ら中には分不相応に胴を付けた者もいる。戦乱から逃げ出した雑兵か、落ち武者狩りで得た戦利品か。
何れにせよ、それは野盗に違いなかった。
「お渡しできるようなものはほとんどありません。食べものなら少しは」
わざと身を強張らせ、声を震わせる。いい獲物だと男たちは気を緩める、回り込もうと茂みの中を移動していたものまで顔を出してくる始末だ。油断させることには成功したが果たして巴を守り切れるものか。
裾に縋り付いてくる巴の手には、指が白くなるほど力が込められていた。
「へぇ、へぇ……えらい別嬪さんだなぁ。それじゃあ仕方ねぇ。着てるものと、下の世話を頼もうかな男所帯ですっかり溜まってよ」
「掃除と煮炊きもやってもらうことにしようや」
逃がす気も、一晩で済ます気もないらしい。気が早いものなどはだけた着物からまろび出た褌から一物を取り出そうとしていた。
異音に薊は巴に視線を向けた。裾に縋り付いたままの巴の喉の奥で、人の声とも思えぬくぐもった呻きが上がっている。そしてわずかに聞こえる水の滴る音と鼻を突く臭い。自分が何をされるのか見当がついているのだろう。膝を曲げ、背中を丸めた巴は瞬き一つせず、恐怖に強張った顔を野盗たちに向けていた。
ここでやるしかない。覚悟を決めた薊は、巴の白くなった手を優しく自分の手のひらで包む。
「大丈夫ですよ巴、あなたに手出しはさせません。私を信じて待ってくれますね。手を放して下さい」
包囲は完成しようとしていた。獣臭に取り囲まれる中、巴は視線を不安そうに周囲に巡らせていたが薊の言葉に口を真一文字に結ぶと、薊の裾の代わりに自分の胸元を握りしめ、瞳に涙を浮かべながら一つ頷いた。
「ありがとう、巴」
その信頼に心が痛むのを感じながら、薊は頭目らしき大柄な男に向けて一歩足を踏み出した。
3・乱入者
数が多いとはいえ薊と野党たちでは実力は天と地ほどの差がある。本来であれば徒手空拳でも何の問題もなく始末できる。だがそれは足を使って敵をかき回すことができるからであり。
巴という楔に縫い付けられた状態で、向けられたすべての武器の切っ先を捌き切るのは不可能だ。
先手を打つしかないが……左右の気配は後ろに抜けようとしている。
「病気のこの子を老母に合わせてあげたいと旅をしております。どうかこれで通していただけませんか!」
懐から取り出した財布から、なけなしの古銭を掌に零し、小走りに駆け寄る。目の前の男たちの足は止まったが囲む気配は止まらない。銭を奉げる薊の腕を掴もうと伸びる腕を躱すと、大柄な男の懐に飛び込む。
鳩尾に当身を叩き込み、声も無く崩れ落ちる男の帯に差した匕首を抜き取る。
眼球を突いてもよかったが、血を見せ残る男たちを逆上させたくなかった。
「手前!!」
怒りの声を上げて、竹槍を引く左の男の顎に薊の拳が突き刺さる。男の眼球はぐるりと反転し、のけぞった勢いのまま倒れた。だが休む暇などない。右側から閃く鎌の一撃は思いのほか鋭い、槍と比べて素人にも使いやすいそれは、身をひねった薊の袖をわずかに裂く。
「この程度ですか!!」
一撃を躱され、つんのめり気味にたたらを踏んだ男のがら空きの腹。そこを回し蹴りが抉る。自分に注意を向けようと侮辱の言葉を投げれば、思わぬ逆襲にあっけにとられた野盗達の顔が怒りに染まる。
これでいい、巴ではなく自分に向かってくれればどうとでもなる。だが……肝心の回り込む茂みの向こうの音に迷いはなかった。
「あざみさまぁ!!」
ついに茂みから姿を現した野盗は小兵ながらその足の動きには無駄がない。あるいは本当の頭はあの男かもしれない。一拍遅れて、道の反対側からも人影が飛び出す。
巴は、胸元で両拳を握りしめ、のどが裂けんばかりに叫ぶ。もう横から延びる汚らわしい男の手が巴にかからんとしているというのに、彼女はその場に立ち尽くし、薊に向かって声を上げるだけだった。
「逃げなさい!!」
すぐにでも戻りたいのに、二人の間を野盗が遮る。
「どきなさい!!」
真っ先に倒れた大男が、それでも薊の足首を掴もうとするのを踵で打ち据え、駆け出そうとする。だが間に合わない。
すでに男は巴を羽交い絞めに、巴はつんざくような悲鳴を上げながら手足をでたらめに動かしている。今朝しっかりとしつけた着物が乱れ、太く引き締まった精悍な太ももがあらわになる。
その上、反対側から飛び出した影も巴にたどり着き……。
「ぐぅっ」
巴を羽交い絞めにしていた男から苦悶の声がり、薊は少なからず驚き目を見開いた。囲んでくる男たちはその異変に気付かず、勢いよく突きかかってくる。棍棒を、脱穀具を、鋤を躱し、包囲を潜り抜けると巴の元へ駆ける。
「こっちだ!! 落ち着いて……!!」
巴を羽交い絞めにしていた男は地面にうずくまり苦悶の声を上げている。後から来た男は精悍な顔つきの青年だった半狂乱で体を揺らす巴を持て余した様子の青年からは狂暴性は感じられなかった。
「巴!!」
「あざみさま!!」
涙でふやけ真っ赤に染まった巴の顔。抱きしめてやりたかったが、ぐっとこらえ、伸ばされた手を取り声をかけた。
「走りますよ!!」
青年の先導で道とも呼べぬ斜面の溝を駆け下りていく二人。このまま走り続けるように言い聞かせ、一度巴の手を離すと、振り向きざまに小石を拾い、後を追ってくる野盗の目玉を狙う。一人、二人、つんざくような短い悲鳴をあげ、もんどりうてば後続の足は止まる。ようやく、獲物と思っていた麗しい女が、手ごわい相手だと悟ったようだ。
「遠回りになりますが、やつらを撒きます」
野盗達の足音はもう聞こえなくなった。あきらめたのだろう。だが、青年の言葉に従い、一旦道を外れ背の高い茂みを揺らさぬようそっと腰をかがめて進んでいく。その間薊はずっと後ろから震える巴の肩に手をかけていた四半刻も歩いたか。街道とは反対側の斜面を少し上った所に、粗末な小屋があった。他には屋根の敷かれた炭焼きの窯と、落ち葉の浮いた小さな水がめが一つ。
こちらに背を向けた青年の肩は大きく上下しており、荒い息が印象的だった。巴も精も根も尽き果てたのがその場にへたり込み、ひきつるような呼吸をしている。しゃがみこんで巴の背をさすっていると、青年が振り返る。その額にはびっしりと球粒のような汗が浮いていた。
「とりあえず……大丈夫、かな。昔使っていた炭焼き小屋です、もう俺もほとんど来ることがないほどで村もずっと下で誰ももう知りませんから安心してください。あまり掃除もしていませんが中へ」
「本当に助かりました。ありがとうございます。ほら、巴もお礼を」
「ありがとうございました」
少しまだ怯えながらも、薊と青年を交互に見た巴はたどたどしく礼の言葉を口にし、小さく頭を下げる。
半狂乱の中だ。助けられたという実感もあまりないのだろう。ぴったりと薊にくっついて離れようとしない。大丈夫だ、と着物を掴む巴の甲を掌で包む。
枝を束ねた壁と、雑多な草葉を蔓で結った屋根。粗末な小屋だが、不思議と外の音は聞こえず、夜の寒さもしのげそうだった。6畳ほどのそこは大半が土間で、囲炉裏が掘ってあるある。奥には、太い枝を通した一段高い床がある。
「最近はあのろくでなしどもが悪さをしているようで……でも間に合ってよかった」
囲炉裏の周りに置かれた腰掛に腰を下ろす。小さな腰掛なのに巴も一緒に座ろうとするので半分開けた。
「少し病で一時的に……町にでてちゃんとした医者に見せて療養をと」
混乱しているにしろ、やけに幼い仕草の巴に戸惑った様子の青年に、そう伝えると。青年は悲しそうに微笑み、水を飲むかい?と童子にするようにやさしく声をかけ、水筒を差し出した。
「何から何までほんとうに……」
一旦薊が受け取り巴に手渡すと、巴は喉を鳴らして貪るように飲む。
「全部飲んではいけません」
たしなめながら青年に視線を向ける薊だが。青年の手が激しく震えていることに気付いた。
興奮によるものだろう。薊の視線を感じた青年は、鍬を握りしめたままの自分の腕に目を向けるが鍬の先についた血の赤と匂いに気が付いたのだろう。はっと鍬を取り落とすと、顔を強張らせ刃先の血糊を見つめたまま動かなくなった。
初めて、人に刃物を振るったのだろう。忍びですら人を殺めることの忌避間を取り除くための訓練があるのだ。善良に生きてきた彼にとって、いかほどばかりの衝撃か。人に刃を突き立てた感触を思い出し、落ち着きなく拳を握り開き指をうごめかせる青年に薊は寄り添い、土間に両膝を突きその皮の厚い大きな手の平を両手で握りしめる。
「本当に、ありがとうございます……仏道に背くような事をあなたにさせて本当に心苦しいと思いますですが……おかげで巴も私も助かりました。あのままでは私も巴も畜生のような男たちに捕らえられ死ぬまで慰み者にされていたでしょう……あなたのおかげで、こうして無事でおります」
真っすぐと青年の瞳を見つめ、語り掛ける。できたばかりの心の傷に真っすぐ手を伸ばす薊に一瞬青年の肩は怒り、戸惑いに顔はゆがむ。だがさほど間を置かず青年は息を吐き、脱力した。
「いえ、俺は自分のしたことに悔いはありません……助けられてよかった」
そうつぶやいた後、青年はようやく薊のやわらかい手指の感触と、息がかかりそうな間近にある美貌に気付いたのだろう。慌てて視線を逸らす。
薊はその青年の仕草を好ましく感じた。
快復
この辺りには水はなく、近頃は雨もなく水がめの水も腐っているだろうから。
そろそろ日も傾くと言って断ったのだが忠吾と名乗った青年はその日のうちに桶一杯の水を運んで来てくれた。
この水で三日は持たせるつもりで、夜露を手拭いで集め、それで二人の体を清めた。
だが次の日も、その次の日も青年は訪れ、蕎麦粉だの麦だのを持ち寄ってくれた。
水で捏ねて鍋に張り付け焼きながら、忠吾はこのあたりの話をしてくれた。
彼は祖父の代から炭を焼いて暮らしており、主に村に、偶にふもとの町で炭を売り生計を立てていること。最近野盗が街道で悪さを働き始めたこと。
万が一……村の誰かと繋がりがあることを考えて、体調が万全になるまでは山を下りずここでゆっくりしてから一息に町まで降りるように、という忠吾の提案に嘘はないと感じ彼の言に従うことにした。
とにかく、世話を焼いてくれるのだ。水を汲み、二人が寝やすいように床を整え、枝を組んで少しでもよく眠れるようにと、藁を敷いてくれた。日に干した藁の香りに包まれて眠るのは洞窟の湿った地面で寝るのとは天地の差であった。
三日目の夜に巴が熱を出した。度々濡れ手拭いを変え、水を飲ませる。その程度しか出来なかったが、翌朝には寝息も整い、熱も引いていた。
すっかり日が昇ったころ巴は目を覚ました。体が重く、頭の中身が零れだしそうなほどにぐらぐらと揺れている。懐かしい香りを感じて、巴は自分の体を包むものに目を落とす。
体にかけられた着物からは薊の体臭がわずかに香り、その上から藁が被されている。
それらを押しのけ上体を起こすと、自分でも感じられるほど濃厚な汗の匂いが立ち上る。
喉の渇きを覚えながら視線を横に向けると、形のいい乳房を晒した薊が、壁に背を預け寝ていた。その瞳はすぐに開き巴に向けられるが、その瞳には巴の記憶にはあまりないほどの驚きが湛えられている。
「巴……」
「薊、様……ここは……」
「思い出したのですか?」
薊がそう声をかけると、さや入りの刀豆と韮を手にした忠吾がおずおずと戸を開け覗き込んで来る。
「っ……」
絶句し固まる忠吾を不思議に思った薊だが、自分の乳房の先端に風を感じて裸体であることをようやく思い出す。巴に気を取られ自分も少し慌てていたのかもしれない。
「ああ、すみません……気が付かなくて。巴、着物を貸してもらえますか?」
巴から着物を受け取ると、背を向け着物を身にまとう。顔を隠せなくなった巴がぺこりと頭を下げると、気の抜けたよくわからぬ忠吾の声が聞こえてくる。
身支度を整えると、ようやく忠吾も落ち着いた様子で中に足を踏み入れる。
「その、刀豆と韮を……胃腸の薬ですが、悪いものを出しますし、体も温まりますから……」
豆は煎じて茶にするようだ。韮は汁物にでも入れるのだろう。気恥ずかしさを隠そうとするかのようにせかせかと火を起こし、湯を鍋に開ける忠吾の脇に座り、手伝う。肩が触れると、面白いほどに過敏な反応が返ってくる。
もしかしてまだ女を知らないのだろうか。時折、胸元や、背後からの視線を感じることがあったが、手を出してくる気配すらなく不安はなかった。その回数は少なくなかったが年頃の男の事だむしろ健全だとも思う。色香を仕込んだ忍び相手に仕方のないこと……。
ああ、それにしても……まだ、なにも礼ができていない。小刀で刀豆を剥く忠吾を除き込む薊の顔は、盗み見る巴が訝しむほどに忍びの頭として見せたことのない色気を湛えていた。
5・蠢く体
その日は、やがて訪れる夏を予感させるほどに蒸し、忠吾の用意した茶もすっかり飲みほしてしまった。汗が体にまとわりつき離れない夜の熱気の中薊は厠へと一人向かっていた。厠といっても、そうと決めて茂みの開けた場所に穴を掘っただけの粗末なものだが。韮の汁物は、その特有の臭みのおかげで久しぶりに食が進んだ。実際それは薬効なのだろう。ぐるぐると時折音を立て、内臓が蠢動しているのを感じる。本当にありがたい……。忠吾の気配りのおかげで巴も明らかに快復に向かってきている。このまま童のまま、そんなこともあり得た中今日巴に起きた変化は光明だった。「はぁ……」それにしても……自分もまだ十全とは言えないようだ。蟲を制御し、造反者を裁くことこそ成功したが、石室で責め苦を受けたのもまた事実。その後遺症とも呼べるものが薊の体を蝕んでいる。
本来出すだけの穴。それが快楽を感じるための入り口になるという事を忘れがたい方法で教え込まれた薊の尻穴は、もはや排泄のための腸の蠢動にも鋭敏に反応し、体全体もそれに釣られて発情する始末だった。これこそ、治るかわからない病だ。いや病と呼べるかもわからない。何せ体が快楽を喜んで受け入れるのはごく当たり前の自然なことなのだから。一度覚えてしまった快楽の記憶は、それこそ巴のように記憶に蓋でもしない限り……。そんなことをつらつらと考えながら歩いているうちに、厠についた。着物をめくりあげ、大きな引き締まったでん部を晒す。
「っ……!!」
のどが引きつり音のないうめき声が喉から漏れる。尖った野草の先端が菊座のそばの肉丘を突いたのだ。その予想外の刺激だけで、便に先走り分泌過多気味の腸液が漏れる。
呼吸を落ち着けた薊だが、その顔には決して部下には見せられないほど不安の色が濃く、唇を僅かに噛みしめている。人が人として生きている限り必ず日に一度二度は訪れるこの排泄という瞬間。それが薊を連日悩ませていた。元々心地よい行為ではある。だが今の薊の体にとってその心地よさとはすなわち女としての心地よさになってしまっている。躊躇ううちに、態勢が整ったと判断した腸は動きを速め、早く早くと急かすように排泄物を押し固め、下へ下へ、出口へと導いていく。覚悟を込めて下腹に力を入れる。括約筋が窄められたまま、大きく腸が蠢動し、出口付近に押し込められた排泄物が、直腸全体を限界まで拡張し、尻穴にねじ込まれる男性器を連想させる。
「ふあっ、う、ぐううぅ……♪」
続いて訪れるのは、我慢からの解放。菊座が盛り上がると同時に、皴一つ無くなるまで大きく開き、溜まっていた物をすべて吐き出していく。排泄物がはぜる音も薊の耳には入らない。どっしりと下腹部に重みを感じる程にたまったそれを、いきんで激しく吐き出す。
腸壁を、適度な硬さの排泄物が内部を抉りながら体外に排出されていく。腸壁のひだの一つ一つまで、密着した便が刺激する。排泄のために歯を食いしばるが、その快感に体の力が抜けてしまいそうになる。真逆の反応を必死に抑え込み、最後の最後まで下腹に力を入れて振り絞る。軽い破裂音を立てて最後の欠片まで排出が終わり、物寂し気に膨らんだままの菊座が震え、腸液が一滴垂れる。
「は、あぁ……ぁ……♪」
いきんで頭に上った血がじんわりと落ちていく。鳥肌が立ち急に寒気を覚えながら全身を弛緩させた薊は、幼子のようにべたりと尻もちをつく。もはやいきむ力もなく、ただ弛緩した穴から、黄金色の液体が緩やかな弧を描いて穴の中に消える……。
「は、ぁ……」
尿が止まった後もなぜか前の穴が疼く。もちろん後ろの穴もそうだ。しばらくは、大きな尻を地面に広げ、股座を開いた無防備な姿で喘いでいた薊だったが、気を取り直して鈍重な動きで腰を上げるとあらかじめ摘んであった大きなフキの葉を尻に当てる。
「ふうっ……」
これはそういう行為ではない。それはわかっているはずなのに……ぐずぐずに緩んだ菊座がフキの葉に振れるとその冷たさに過敏に反応し収縮し、内腿の腱が攣ったように収縮し、筋肉の上に僅かばかりの脂肪をまとった太腿を震えさせる。
あぁ……。物足りない。ここに、張り子の一つもあれば……そのまま腰を下ろして、直腸の奥まで飲み込んで楽しめるだろうに。
だらしなく開いた口から舌を出し、小刻みにあえぎながらぼんやりと涎を垂らし、そのあいまいな時間を楽しむ。もし手練れの忍が周囲にいれば薊の命は瞬く間に消えただろう。尋常ではない。そう、今の薊の体は、巴と同じく大きな障りを抱えたままだった。蟲の卵は何組も薊の腸の奥深くで孵化の時を今か今かと待っている。
「あぁ……♪」
今の自分もまた、忍としては不完全。忠吾には悪いが、今しばらくここで体を癒さなければならいだろう。産卵のその時まで。
6.産卵
その時は刻一刻と近づいて来ていた。それにつれて夜という安らぎの 時間は薊から奪われた。
生暖かい隙間風が入る粗末な小屋の中に一切の明かりはなく、今夜の様な月も 隠れる曇天では、小屋の中は墨を流したように闇に閉ざされている。 視界を失った残りの五感は研ぎ澄まされて、薊を苦しめる。
巴を不安にさせるわけにはいかない。
荒い息を付くことさえ憚られる中、自分の体の中身が刻一刻と変化して 行くのを自覚せずにはいられない。
本来、食物を消化し排泄するだけの長い長い管の半ばに居座ったそれは 腸の一部を広げ居座っていた。柔らかく半透明の、真珠を二回り 程大きくした大きさの卵。数十の塊が菌糸の様な繊維と粘膜に守られている。 腸に根を張った糸は宿主の滋養をわずかばかり吸い取り粘膜に変える。 そして古くなり崩れた粘膜は、毒となり腸のひだの一つ一つに染みこみ 狂おしいほどに疼かせるのだ。
出産という神聖な時間を迎えるべく慌ただしく働き続ける薊の胎内は 騒がしい。膨れ上がった腸はさらに張りを増し、様々な臓物を押し 上げる。卵に栄養を与えんとする血流が音を立て、半透明の卵膜の 内側で身を丸める蟲の赤子の息づく脈動が、僅かに膨らんだ柔らかい 腹部全体に響く。産卵の時を迎えんと細胞の一つ一つが活性化し 心臓は強く脈打ち血液と酸素を指先まで巡らせる。
とても、眠れるものではない。本来であればもんどりうって悲鳴を 上げたいくらいだ。だがそんな拷問を薊はすでに幾日も耐えている。 ただ、日が昇り蟲の卵の活動が治まるのを待ちながら呼吸を整える 事だけに集中する。
だが、日に日に呼吸も脈拍も乱れ、えづくようにすらなってきた。
「薊様……」
闇の中、穏やかな巴の声が聞こえる。
「何かお力になれることはありませんか?」
体調が整い始めた巴に隠し通すこと等土台無理だったか。
「……大丈夫ですよ」
そう言う薊の声は疲れ切っていた。
「汗もすごいです」
闇の中、嗅覚も研ぎ澄まされる……いや、自分が気付いていないだけで 小屋の中は自分の体臭に満ちているのかもしれない。 薊は諦めると、長い溜息を吐いた。
「巴と一緒にした勤めで強い薬を使ったのです。後々こういった症状が 出るものでしたが、何れ治まります。煩わしいかもしれませんがもう しばらく……」
初めは、地鳴りの予兆を感じたのかと思った。下腹全体が沈む感覚。 だが五臓六腑が暴れだし、ついにその時が来たのだと薊に確信させる。
くじけそうになる細い手足に鞭を入れ、踏ん張るようにして身を起こす。
「薊様っ」
只ならぬ気配の変化に、巴が闇の向こうで身を起こすのを感じる。
「大丈夫です」
今度の薊の言葉は先ほどよりも力強かった。体の中は一切合切が荒れ狂って いるものの、ようやくこれで終わるのだと思えば、耐えられた。
「もう大丈夫、これで峠は越えました……少し、厠に行ってきます」
「では私も一緒に……」
「気持ちだけありがたく。これも秘伝の一つなのです」
薬の副作用だなどと見え透いた嘘をついたのも、巴に蟲というものを 意識させたくない故だった。ましてや蟲の子をひりだす瞬間など見せる わけにはいかなかった。
「弱っているとはいえ、野盗や獣に後れを取るほど衰えてはいません 何かあれば声を上げます」
二本の足で立ち上がると、そのまま腹の中身がすべて尻穴から零れ おちそうになり、尻穴を引き締める。うつむき気味に重心を傾けて 見るが今度は腹部が圧迫され、慌てて背筋を伸ばす。力んだ足で ぎこちなく一歩一歩、隙間風が流れ込んでくる引き戸を目指し歩く。
振りかえる余裕もなく、見送る巴の前で後ろ手で引き戸を締める
厠へ、早く厠へ。下腹部から多分に水気を含んだ唸るような音が聞こえる。 気が付けば、歩幅は、刻むような小さいものになっている。 さほど小屋から離れぬうちに、足がもつれ、草むらに倒れこむ。
「!?」
なんとか手をついて受け身を取ったが、その衝撃で胎の中で何かが弾けた。
「っ、が……!!」
卵が割れると同時に、役目を終えた菌糸が腸からはがれ、粘液が崩れ 流れ落ちてくる。本来鈍いはずの臓物が焼けた鉄のように熱を持ち 肉を内側から焼く。
蹲り掲げた形のいい尻のつぼみがすぼまったと思った瞬間細長く伸び 透明な粘液が噴き出す。歯が砕けそうなほど食いしばり、その強すぎる 快感に何とか耐えきる。
それでも、まだ本当の地獄はこれからだということを薊は本能で察知 して、薊は何とか地面を這いずり小屋から離れていく。 そうしている間にも、尻穴の内側の熱と、しもやけのようなじんじんと した疼きは強さを増してくる。
そして時が来た。
「ぃっ……!!」
一斉に、柔らかい殻を割り這い出た蟲達が外を目指して蠢き始める。 母親の滋養を受け丸々と太った真珠色の芋虫の群れがひしめき合いながら 腸を下っていく。
「ひぃぃぃぃぃ……♪」
顔に泥がつくのも構わず、地面に顔を埋め薊は鳴いた。見開いたままの 眼球に葉先が触れ、ぼろぼろと大粒の涙が流れる。 早く終われと下腹部に渾身の力を入れていきむと視界が赤く染まり、頭の 血管が切れそうになる。
人が、耐えられる、ものでは、ない。
心の中で自分が自分でなくなることに対して許しを請う叫びをあげる。 爪が地面に喰い込み、眼球が反転する。
「いっぁ、あっぁぁ……っ♪」
それはもはや嗚咽だった。泣きわめきながら力を入れ、尻を上げ下げして 子供たちを体外に導く。
最後に覚えているのは、すでに開発しつくされている直腸を駆け抜けていく 無数の蠢動が、腫れあがった菊座をかき分け外に飛び出す快感だった。
「……」
気を失っていたのはほんの僅かの時間であったのだろう。正気を取り戻した 時、幸い巴はまだ小屋の中にいるようだった。呆然としたまま上体を起こすと ぼたぼたと思い水音が響く。何事かと視線を下げればその音は大きくなった。
半開きの口からしたたる自分の唾液が下草を叩く音だった。
尿の匂いが立ち込めている。ふらふらと立ち上がり、乱れた着物を正す。 自分が産み落とした蟲達は、すでに姿を消していた。戻らないと巴が心配する。 その思いだけを胸に小屋に戻ろうとするが、ぬるりとしたものを足裏に感じ 慌ててたたらを踏む。
「っ……」
自分のひりだした粘液の感触で正気を取り戻した薊は、粘液を念入りに土と 葉で隠すと、忠吾に詫びながら水瓶の水で身支度を整え、小屋に戻った。
目が覚めたのは昼過ぎだった。頭が働かない。こんなに心地よい目覚めは いつぶりだろうか。上半身を起こすと、ほっとした様子の巴と忠吾が囲炉裏 のそばでこちらを見守っていた。
7.飢え
ようやく解放された。そのような思いが間違いだったことを薊は直ぐに 思い知ることとなった。
うずく。体が疼く。欲しいのだ、雄が、子種が。
長らくはらわたに居座っていた異物感の代わりに訪れたのは、晴れ晴れ とした開放感ではなく全くの逆。ぽっかりと自分の体の中に空洞が あることへの違和感だった。
体が寂しいと泣いている。その虚ろを埋めたいという欲求は、巴に隠す 事すら出来ないほど強かった。産卵直前の全身が乱れ狂う感覚とは違い それはただただ頭蓋の内側と心の臓から早鐘のように波となって 全身に広がってゆく。
産むまでは、終わりのある戦いだった。産めばこの疼きから解放される。 そんな思いで淫獄の悪阻を何とか耐えきることができた。 だが今は違う。この留まることを知らない肉欲は、果たして早く次の蟲を 孕めという置き土産の毒なのか、それとも自分の頭の中身が快楽を覚え 根本から変わってしまったのか……。薊にすら判断はつかなかった。
もし、後者であれば無限の苦しみを味わい続けなければならない。 永遠の忍耐。それを想像するだけで薊の心は砕けそうになった。
もはや、限界だった。巴もただの薬の効果としてはおかしいということは 気付いているが、薊のあからさまな嘘を問いただそうとはしなかった。 ただ、ふらふらと小屋を出ていこうとする薊の背中に声をかけるだけだったが 薊はもはや頷くことだけで精一杯だった。
もう限界だ。体が鉛のように重い。だがもう少し、もう少しだ。すでに 見当は着けていた。山の斜面を下り、地面が平らになった先に目当てのものはあった。 元は水が流れていたのだろうか、滑らかな岩が一つ、茂みの中に鎮座していた。 そこに引き締まった太ももを広げ、跨る。全体重が、柔らかい女性器に かかり、薄い着物越しに岩に張り付いて広がる。
「えっ……ひっ……」
歯を食いしばり、肺腑から飛び出した声を口の中でなんとか抑える。 真っ当な体なら苦痛にしか感じないであろうその岩肌のめり込む感覚だけで 薊は絶頂した。潮だか尿だか自分でも判断の出来ぬ生暖かい飛沫を 岩に密着させた女陰からしぶかせ、下半身をしとどに濡らす。
「はぁ……ぁ……♪」
全身を駆け巡る快感と体の震えを抑え込み終わると、力を抜いて大きく 息を吸う。空気を甘く感じた。大きく開いた薊の口からは朱色の舌が 顎先まで延び、口角は快楽に緩んでいる。
「は、あっ♪」
着物を肩から外し、重い豊かな臀部をくねらせ、着物の布地を股間に 集めていき、ゆっくりと、体を前後に動かす。
「あ、ぐぅ……♪」
汁を吸い黒くなった布地が陰唇と一緒に前後に動き、白い岩肌に筆を 滑らせるように淫らな後をつけていく。体重をかけたまま、ずるり ずるり。時折腰を軽く浮かせ、着物だったものの塊に女陰をたんたんと 叩きつける。つま先を内側に曲げながら、その動作を何度も何度も 繰り返す。
「ふぁぁ……」
綿菓子のように芯のない甘ったるい声を上げながら、虫の鳴き声に 包まれてもはや帯を腹に巻き付けただけの裸体の女は岩とまぐわい 続けた。
腕で乳房を寄せ上げ、自ら乳輪ごと膨らんだ乳首を吸う。 本当は太い腕で抱きしめられたかった。包み込んで締め上げて体から 溢れる一切合切を絞り出して欲しかった。快楽に溺れれば溺れる 程、悦びに紛れてわずかばかりの寂しさが生まれる。
足りない。足りない。
何が足りないか、までは考えることはできなかった。答えを出せば それをもう我慢できないから。
心の赴くままに腰を動かす。岩にのしかかり末広がりに歪んだ 臀部の上で、細くくびれた腰が蠱惑的にしなる。無我夢中で自分の乳房に 舌を這わせながら、自然と股間の罪の芽に薊の指先は伸びた。
乙女が一人自分を慰めるときの様な繊細な動きではない。それこそ 無遠慮で暴力的に、握りつぶすようにきつく指の腹で挟み込んだ。
「え゛っ……」
それを果たして嬌声という言葉で表していいものか。喉の痙攣で こぼれだした濁った音を上げ、痛み交じりの絶頂に唇をすぼめ突き出した 口内で舌が小刻みに震える。一段目の快楽の波を乗り切り、歯を食いしばり 二段目の波を眉間に皴を寄せ耐える。
しなやかな背筋がひきつり、青い空を見上げながら、穴という穴から体液を 垂れ流しながら力なく上半身を揺らす。立って歩くようになってからこのかた 初めて体の芯を失い体が崩れる。
「いひ……いっ♪」
のけぞるように後ろに体勢を崩し、尻が岩から滑り落ちる。意図せぬ刺激に 歓喜の声が上がる。視界の中で緑と青が流れ混じるのを見ながら、薊の 湯だった頭が考えていたのは、やはり自分で動くより先の読めぬ刺激の 方がといいという程度の事だった。
背中から柔らかい地面に落ち、大きな臀部は岩に寄り添うようにしている。 草鞋を履いた素足は、餌を待ちわびる地虫の頤のように左右に開き 丸めた足指がひくひくと揺れている。
「あぁ……あぁ……」
ここしばらくの生活で少しだけ伸びた薊の髪は艶やかに地面に広がり その周辺毎真っ赤に腫れた女性器は風に撫でられるたびに人の一部とは 思えぬように蠢いていた。
ひぃひぃと荒い声を上げながら、とても知己には見せることのできぬ 恰好のまま、蜂蜜の様な胸を焼く甘い快楽の余韻にどっぷりと浸り続ける。
「あぁ……」
あぁ、忠吾どのがたまさか通りかかってくれればいいのに。 僅かに形を変えながら流れる白い雲を見上げながら巴はそんなことを考えた 自分で忠吾が通る山道とは反対側の場所を選んでいる以上そんなことは ありえない……。
やはり男が欲しい。
赤黒く膨れてめくれ上がった花びらを指で割り、沈める。しばしもぞもぞと 膣の中で動かしていたがそれがただの指であることをわかっているらしく ひだの蠢きは緩慢だった。愛液に塗れた指を引き抜き、小豆の様な女の芯に 絡める。人差し指と中指の腹でこね回すと、二つの淫らな口がぱくぱくと 動き始め、空に向いた足が左右に広がる。
やがて震える指先が周囲の草むらに伸びる。着物が崩れるにつれて懐から 取り出したのは、小ぶりなすりこぎ棒だった。忠吾が薬を額に汗を浮かべ ながら、巴のために薬を煎じるのに使っているその大事な道具を自分の 女陰に潜らせる。その背徳感に薊の目じりは下がる。
きっと許してくれる。そんな乙女じみた甘えを思い浮かべたのは いつぶりだろうか。
指とは膣壁の反応も違った。 うねりながら奥へ奥へと蠢動し、戯れに手を離してみると見る間に すりこぎは産道に飲み込まれ行った。
「くふうっ」
上下逆さになった態勢のまま手と腰を独立して動かす。ようやく落ち着いて 来たためか、その動きはやや緩慢で余裕がある。
「あぁ……」
艶の増した声で熱い吐息を絞り出しながら、胸を上下させる。
「んん……」
固く瞑った瞼の裏側に映るのは、いつか見た忠吾の男らしいかくばった体 尽き。鼻孔によみがえるのは、肩越しに忠吾の手元を覗いたときに嗅いだ 男の匂い……。
「忠吾殿……」
もはや声に出すことにすら躊躇いを感じなかった。まるで恋する乙女の様な 細く上ずった声を上げながら、甘えるような腰の動きは続く。やがて嬌声 は短く早くなり、ひときわ甲高く声を上げると、くたりとすりこぎを 股座に残して両手が草地に落ちた。
「はぁ……はぁ……」
これでようやく落ち着いた。だがそれも一時の事だろう。長い忍耐の末に 迎えた綻びが心に広がっていく。だがそれは決して不快なものではなかった。 恥を忍んで忠吾殿に頼ろう。たとえ誤解されてもいい。そうでなくては きっとこの疼きは治まらない。
一晩女にしてもらって山を下りよう。 ごろりと体をひねり、鼻先を草むらに埋め青臭い香りを肺腑一杯に吸い込み ながら薊は思いを定めた。
7.女の香り
夏の夜は短い。とうに夕方と言ってもいい時刻にも関わらず、まだ山鳥の羽を 毟る手元は十分に明るい。薊は朽ちかけた切り株に腰を下ろしながら小屋の前で 淡々と夕餉の下ごしらえをしていた。つい先ほどまで夕焼けであたり一面真っ赤に 焼けていたが、今は落ち着いた藍色が段々と景色に沈み込んでいっている。
山を下りようと決めてから、二日が立った夜だった。 疲れ果ててぐっすりと眠りに落ちた翌日。朝から悶々としていた薊だったが その日偶々忠吾が手に提げてきた濁酒の徳利を見て、腹積もりは決まった。
「巴さんも、随分良くなったようだし、滋養もありますから。」
そんな言葉に続く、どうかお二人でゆっくり楽しんでください。という 控えめな気遣いを少し寂しく感じたのは、薊にとって新鮮な感覚だった。
「折角ですから、明日の夕餉にいかがですか?私も少し山を歩いてみます」
そんな薊の言葉を聞いて忠吾の目には驚きと、わずかばかりの喜色が浮かんでくる。 喜んでくれるならこちらもうれしい。微笑んだつもりだった。だが、薊を見つめる 忠吾の顔はふいに陰る。忍の作った表情を読み取るなど、訓練も受けていない 炭焼きに出来るはずはないのに。それとも……今自分は忍ではなくなってしまっている のだろうか。そんな不安を抱き、巴に一瞥を向ければ、巴も少し不思議そうに こちら伺っていた。
どうにも、最近おかしい……いや、きっと山を下りればこれは治る、治ってしまうのだろう。
「実は……そろそろ山を下りようかと。野党たちも近頃は見かけませんし、少し暑さも 和らぎました。」
これ以上負担をかけたくない、という言葉は口にしなかった。その言葉を忠吾は必ず 否定するだろうから。
「そうですか……お引き留めると、逆にご迷惑……ですよね」
名残惜しさを隠そうとせず、忠吾はうつむき気味に、薄く唇を噛んだ。立ち尽くす彼に 一歩近づくと、初めて会った日にそうしたように、優しくその皮の厚くなった掌を 両手で包む。
「本当にお世話になりまして……大したお礼もできませんが、忠吾さんに会えて本当に 助かりました……明後日、ここを発とうと思います。明日ばかりは私たちにおもてなし させてください」
まっすぐな瞳の青年は、吐息のかかる距離で、目を白黒させている。別れを惜しむ余裕すら 無くなってしまった様子で、視線を泳がせながら何か返事をしようと口を開けたり閉じたり している。
ただ、僅かに男の大きな手に力がこもり、細指に絡みついてくる。薊もまた手を握り返し ほんの一瞬ながら二人はそのまま見つめ合う。
巴の咳払いに、ばね仕掛けの様に反応して手を引っ込める忠吾。そんな二人に苦笑いを しながら薊も一歩引いた。
「明日は、ゆっくり来てください。麦も味噌も十分頂いておりますし、支度は私たちで 済ませますから」
でもきっと、彼は早くに来るだろうな。そう考えた薊の口元は自然と綻んだ。
昨日の何気ないやり取りを思い起こしているうちに、すっかり山鳥は丸裸になっていた。 小屋の中では、忠吾が鍋を煮ている。……米まで持ってきてくれて。味噌仕立ての雑炊の 臭いが鼻孔をくすぐる。その中に巴が下ごしらえを済ませた山鳥の腸を入れれば 忠吾は少し驚いた様子だったが、脂が染みて滋味になるのだと伝えれば感心したように 何度も頷いていた。
随分と豪勢な宴になった。とはいえ、三人で囲炉裏を囲むのはそう珍しい事でもない 快復してからは他人行儀に忠吾に接していた巴も今日ばかりは、多少愛想というものを 忠吾に見せている。
青年は、二人が向かう先の話は切り出さなかった。こちらが手練れの女二人であることを 知っている故に、気を使っているのだろう。そして引き留めることもしない。 野山の事、ふもとの村の事、行き先の方向があっていれば、とこの辺りの寺社仏閣や 市の立つ村等、少しでも役に立ちそうな話を聞かせてくれ、明日は旅行きにはちょうどいい 空模様だと、ことさらに笑顔を浮かべる。
会話が途切れがちになってきたころ、巴の視界から外れた場所で薊の指先が忠吾のそれに 絡みつく。思わず肩を震わせ動きを止める忠吾。薊も巴も、そんな忠吾の動揺にまるで 気付かぬという風に会話を続ける。その一方で薊の細指は甘えしなだれかかるように 男の甲を幾度となく撫でる。薊の視界の端で喉仏が大きく動くのが見えた。
やがて、大胆に忠吾の手が動き始める。忠吾の小指と薬指が、薊の小指にしっかりと 絡みつく。ざわざわと薊の白い肌が泡立つ。もしも自分がただの女だったら、こんな 告白、今この瞬間に心が溶けてしまっただろう……。
囲炉裏の薪はすっかり白くなり、僅かにぽつぽつと炎の残滓を宿すだけ。小屋の中は 薄暗く、小屋の隅で寝息を立てる巴の白い脚だけが残り火に艶めかしく照らし出されている。 巴は今夜は良く濁酒を飲んだ。早めに寝入っても仕方がない。それが狸寝入りだとも知らず 忠吾はぎこちなく濁り酒の入った茶碗を口元に運んでいた。
隣には同じく酒を飲む薊。背筋を伸ばした品のいい佇まいながら、その手はしっかりと 忠吾の手に重ねられていた。
二人の茶碗が同時に空になる。何か、喋らねば。酒を干したばかりだというのに忠吾の 喉はからからに乾き上手く言葉が出てこない。
そうこうしているうちに薊が機先を制して無言で立ち上がり、青年は赤面した。男で ある自分から切り出さねばならないことなのに……。そんな恥じらう様子すらかわいらしい と薊はすまし顔のまま目元だけを緩める。
二人が向かったのは小屋の脇にある炭置き場。小屋とも呼べぬ屋根と茅の壁があるだけの 粗末なものだが、そこには筵が用意されていた。
「薊さん……」
喉から絞り出すような忠吾の声を背中に聞きながら、薊は筵の上に立つと帯に手をかける。 衣擦れの音が響き、帯が筵の上に落ちる。
音もなく着物が肩から外れ、途端に幅広の白い背中が露わになる。女らしさを残しながらも 鍛え抜かれた背筋に見ほれている間に、薊はすっかり生まれたままの姿になっていた。 絞られた腰回りのくびれから左右に広がる、陶磁器の様な臀部。月明かりのわずかな光 に浮かび上がる巴の裸体に、忠吾は息をのむ。凛とした立ち姿のまま動かない薊に 忠吾は覚悟を決めて歩み寄る。そのなだらかな肩に手が触れるか触れないか 巴の体は反転し忠吾の懐に潜り込み、忠吾はその背に優しく両腕を回した。
「お礼……などとは申しません。何から何までお世話になったままで申し訳ありませんが もう一つだけ……甘えさせてください」
忠吾の胸板に額を押し付けた薊は、どこか寂しそうな声で呟く。
「最後に……忠吾様との、思い出を」
ゆっくりと顔を上げる薊と目が合った瞬間忠吾の中で何かが弾けた。本能に突き動かされる 様にそのふっくらとした品のいい唇を貪る。勇気を出して割り入った薊の口内で、一組の 存在のように舌が絡み合う。もっと奥へどうぞ奥へと、一個の独立した生き物のように 振舞う薊の舌は、忠吾の興奮を否応無く高めていく。昂った忠吾の男性自身が薊の下腹に 押し付けられ、薊もまた、胎の奥にかっと焼けるような熱を覚えた。
忠吾は今抱きしめている柔らかくも張りのある体が、今目の前に存在しているという事が いまだに信じられなかった。その実在を確かめるように震える腕で薊を強く抱きしめ続ける。
「っ……!!」
薊のわずかに苦悶を帯びた吐息に忠吾は我に返り、慌てて力を緩める。
「す、すみません……」
自分を見下ろす忠吾の瞳は涙で潤み、僅かな月明かりを反射して輝いている。その双眸に 見つめられ、薊は自分の染み一つない肌が泡立ち逆毛立つのを感じた。
「っ……ふぅ」
言葉は出てこず、自分の中の誰かに突き動かされるように再び唇を重ねる。逆上せ上って 思考が纏まらない。忍ぶことができない。自分は頭領であるというのに。制御できない 自分の舌が、口内の忠吾のそれに絡みつき、溢れる唾液を飲み下す。
「っ……っ……!!」
忠吾の腕がたどたどしく薊の背中を這いまわり始めた。先程まで薊をただ抱きしめていたそれは 指を目いっぱい開き、薊の鍛え上げられた背筋の凹凸を確かめるように撫で上げる。 じっとりと湿った感触がするのは、忠吾の汗か、それとも自分の汗か。
段々と、手が下へ、下へと移っていく。その向かう先を想像するだけで、薊の頭の中で火花が散る。 おそらくは躊躇いからだろう。初めは恐る恐る、薊の豊かな尻肉に触れるか触れないか、まるで 産毛を撫で上げるように薊の膨らみに沿って忠吾の手のひらが動く。それがなんとも良くて 下に気を取られ薊の下の動きは鈍る。
完全に主導権を握られてしまっている。女を武器にする者としては醜態と言っていい。だがそれが なんとも心地よかった。道具として磨き上げた体を”使う”。務めとしての行いとはかけ離れた 交わい。
女を武器として長い間生きてきた。だが、本当に自分は女だっただろうか?女とは、交わいとは こういうものだったのではないか……。少なくとも耐え忍ぶものではないだろう。 泡沫の様に様々な思いが浮かび上がり、快楽に散って消えていく。漸く覚悟を決め切った忠吾の 両手が薊の尻肉を歪に変形させていった。左右のふくらみをわしづかみにし、ゆっくりと回転 させるようにこね回す。双丘が左右に割り開かれ、その中央に隠れていた蕾が伸び広がり空気に 触れると、びくり、と薊の体が震える。
忠吾はまた痛くしてしまったのかと狼狽えるが、両腕を自分の首に絡ませ口を吸う薊の動きは 止まらない。一瞬の逡巡の後、薊の反応の原因に気が付いた忠吾は恐る恐る、その快楽の蕾に 指を伸ばしてく。
来る、来る。来る!!
完全に夜の空気に露出し、菊座に這い寄る五指の感覚に薊の目は濁り、歓喜の声だけが霧の かかった頭蓋の中で大きく木霊していた。
「っ……ぶっ!」
初めは菊座の周りを撫でまわし、指の腹を押し込み、間接的に菊座を刺激していく。その指の 些細な動き一つ一つに薊のずっしりと詰まった臀部は反応し、右に左にと激しく揺れ動く。 生殺しの様な快楽に心臓が張り裂けそうになり、口を離して大きく息を吸う。その唇の端から は尋常でない量の唾液があふれ、幾筋もの糸となって胸の谷間に垂れ落ちた。
「ひっ……くっ……♪ ひっ!?」
ついに、青年の硬い指先がつぷ、と薊の蕾に食い込む。入口をこね回し、時折、強く押し込む。 その度に薊は強すぎる刺激から逃れるように、爪先立ちになる。その癖、忠吾が躊躇い指の 動きを止めれば、もっともっとと張りのある尻は下がってくるのだった。
「はっ、はっ……はっ……♪」
段々と、薊の”好み”の動きがわかってきた忠吾の指先に薊は翻弄され続けていた。左右に 引っ張られ、腸壁が風を受けるほど広げられ、また爪先立ちになり、踵を外へ内へと 筵が破れるほどに力んで足をひねって耐える。逞しい青年の首に縋り付き、額を顎先に 押し付け、首筋に熱く乱れた吐息を吐きかける。互いの汗の匂いが混じりあい 二人は獣のように盛り狂った。
「ぁあ!?……」
膝ががくがくと震える。もはや自分の体を支えることすら儘ならぬようになってきた薊の 腰が一段深く落ちたその瞬間。指が一寸ばかり薊の菊座に潜り込む。
声ならぬ声が頤を反らしたくノ一の口から迸る。唾液をぼたぼたと溢れさせ、天に向かって 舌を突き出す。
うわ、ともふわ、ともつかぬ、湯で伸ばした糊の様な締まらぬ悲鳴。我を忘れた女の声。 それを耳にした巴の心中の騒めきはいかばかりか……。
「と……っ 大丈夫、ですか?」
崩れ落ちる薊の体を咄嗟に忠吾が支え、ゆっくりと背中から筵の上に横たわる。 忠吾の声に薊は応えなかった。
ただ、涙で濡れそぼり赤く腫れた両目で愛しい男を見上げながら、ゆっくりと足を開く。 黒井茂みに隠れた女陰はすっかり腫れあがり、だらしなく涎を垂らしひくついている。 そこから立ち上る雌の匂いに誘われるように、忠吾は膝をつくと白い引き締まった足の 間に腰を割りいれた。
忠吾は本能に導かれるように腰を沈め、ゆっくりと二人の体を一つにしていく。
「っ…!」
薊の体が弓なりに反り、忠吾の背中に爪が食い込む。その痛みさえも忠吾にとっては甘美な感覚だった。薊の内側は驚くほど熱く、しかもぴったりと忠吾を包み込み、拒むことなく最奥まで迎え入れた。
本来なら忠吾のペースを支配し、自分の思うままに操ろうとするはずだった。だが薊は純粋な青年の情熱に圧倒され、自分の方が虜になっていることに気づく。
「こんなはず…ではないのに…」
薊の心の内で葛藤が続いていた。忍びの頭領でありながら、今は一人の女として本能のままに体を震わせている。かつての任務では決して感じることのなかった、心からの悦びが体の芯から湧き上がってくる。
「動いて…もっと…」
薊のささやきに応え、忠吾はゆっくりと腰を動かし始めた。彼の動きはぎこちなく、明らかに経験の少なさを示していたが、それが薊にとってはかえって愛おしく感じられた。技巧を凝らした愛撫でも、計算された快楽でもない。ただ純粋に、一人の男が一人の女を求める素直な行為。
忠吾の手が再び薊の臀部を撫で上げる。今度は薊も恐れることなく、その感触を受け入れた。豊満な肉が忠吾の手の中で形を変え、月明かりに照らされて白磁のように輝く。
「あっ…ぁ…」
互いのリズムがだんだんと合わさっていく。最初は遠慮がちだった忠吾の動きも、薊の反応に手応えを感じ、徐々に大胆になっていった。
「薊さん…すごい…」
忠吾の言葉に、薊の目から涙が一筋伝う。どれほど多くの男と交わってきたことか。だが、それは任務であり、義務だった。こんな風に心から愛おしいと思われる感覚は初めてだった。
忠吾の腰の動きが速くなり、薊の内側を強く擦る。その度に薊の視界が白く明滅し、喉から甘い声が漏れる。
「もっと…そこ…」
薊の言葉に導かれるように、忠吾は腰の角度を微妙に変え、薊の最も感じる場所を捉えた。
「ぁああっ!」
薊の声が高く上ずり、筵に頭を押し付けて首を左右に振る。理性が少しずつ溶けていくような感覚。これまで感じたことのない快楽の渦に薊は飲み込まれていった。
「忠吾さま…もう…」
忠吾の腰がさらに速く動き、忍びの修練で鍛え上げられた薊の内側の筋肉は、期せずしてきつく忠吾を締め上げた。蟲忍の調教で開発された体は、意図せずとも快楽に敏感になっていた。薊は自分の体に起きる変化に戸惑いながらも、もはや抗うことはできなかった。
「薊さん…もう…」
忠吾の声が上ずり、限界が近いことを告げていた。薊もまた快感の頂点に近づいている。
「内に…出して…」
自然と薊の口から零れた。蟲を産み落とした後の空虚さを埋めたい。異様な発情と苦悩から解放されたい。そんな思いが薊を突き動かしていた。
忠吾は一瞬躊躇ったが、薊の真剣な眼差しに応え、強く抱きしめると最後の一突きを入れた。
「うぁ…!」
忠吾の体が硬直し、薊の内側に熱いものが放たれる。同時に薊の体も大きく震え、背中が弓なりに反った。二人の絶頂は長く、互いの体がぴったりと寄り添ったまましばらく動けなかった。
やがて、忠吾の体が力なく薊の上に崩れ落ちる。二人の吐息が混ざり合い、汗ばんだ肌がくっついて離れない。
「ありがとう…」
薊の囁きに、忠吾は頬を赤らめながら微笑んだ。
「いや、僕こそ…」
言葉が途切れ、代わりに優しいキスが交わされる。
薊は自分の体の変化を感じていた。異常な発情は収まり、代わりに穏やかな満足感が全身を包んでいる。蟲忍の調教で歪められた体と心が、忠吾の純粋な愛によって少しずつ元に戻っていくようだった。
「もっと…」
忠吾の言葉に、薊は驚きを隠せなかった。若さゆえの回復力か、忠吾の体は再び硬さを取り戻し始めていた。
二度目の交わりは、さらに深く、互いを理解し合うものとなった。薊は背部を忠吾に向け、後ろから抱かれる体勢になる。石室での屈辱を想起させる体勢にもかかわらず、今は恐怖ではなく歓びを感じていた。忠吾の優しい手が薊の背中から臀部へと撫で下ろす度に、かつての恐怖が少しずつ上書きされていくのを感じる。
「この形、苦しくないですか?」
忠吾の気遣いに満ちた言葉が、薊の耳元で囁かれる。
「ええ…あなたとなら…」
恥ずかしさと共に、薊はおずおずと頬を紅潮させながら告げた。
「あの…もう一つの場所も…」
言葉を詰まらせる薊に、忠吾は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに薊の意図を理解したようだった。忠吾の指が再び薊の豊満な臀部を撫で上げ、やがてその谷間に潜り込んでいく。
「ここ…ですか?」
忠吾の指が薊の菊座に触れると、薊の体が大きく震えた。
「は、はい…そこを…」
自分でも言葉を止められない薊。石室での拷問で開発された場所を、今度は愛する人の手で慰めてほしいという欲求が、薊の中で強くなっていた。
忠吾はゆっくりと指先で薊の菊座を愛撫し始めた。最初はただ円を描くように優しく撫でるだけだったが、薊の喘ぎ声が高まるにつれ、少しずつ圧を加えていく。指の腹で柔らかな皺を丁寧になぞり、中心に向かって小さな円を描いていくと、肛門の括約筋が微かに開閉を繰り返した。
「あっ…ひぁ…」
薊の声が震え、背筋が強張る。忠吾の指に反応して、菊座が小刻みに収縮するたびに、甘い痺れが薊の背骨を駆け上っていく。
「こ、こんなに感じるなんて…」
その声に、忠吾は愛撫の手を止めることなく、もう一方の手で薊の豊満な尻肉を大きく広げた。月明かりに照らされ、薊の菊座がはっきりと露わになる。
「薊さん…本当に美しい…」
忠吾の賛辞に、薊は羞恥と歓びが入り混じった声を漏らした。忠吾の指の動きが少しずつ大胆になり、ついに指先が僅かに薊の奥へと潜り込む。
「ひぅっ!」
たった一関節ほどの侵入だったが、薊の体は大きく弓なりに反った。蟲忍の調教で開発された体は、その僅かな刺激にも過敏に反応する。菊座の周囲の神経が一斉に目覚め、鋭い快感が下腹部から胸にまで広がっていく。
「もっと…奥まで…」
自分でも信じられない言葉が口から漏れる。理性は恥辱に震えるが、体はもはや忠吾の指を求めて自ら動いていた。
忠吾はゆっくりと指を引き抜くと、自らの硬さを手に取った。その先端を薊の菊座に押し当てる気配に、薊は思わず息を飲んだ。
「本当に…いいのですか?」
忠吾の声には不安と興奮が混ざり合っていた。
「はい…あなたなら…」
薊のかすれた声に応え、忠吾はゆっくりと腰を進めた。最初の抵抗感に続いて、菊座がゆっくりと開き、忠吾の先端を飲み込み始める。
「くぅ…っ!」
薊の喉から絞り出される声は、快感と痛みが入り混じったものだった。忠吾は細心の注意を払いながら、少しずつ前進する。
「大丈夫ですか?」
薊は答える代わりに、自ら腰を押し戻し、忠吾を奥深くまで迎え入れた。
「あぁああっ!」
その瞬間、忠吾の硬さが薊の内側の敏感な場所を擦り、電撃のような快感が全身を駆け抜けた。石室での屈辱的な記憶が、今この瞬間の純粋な悦びによって上書きされていく。
忠吾は薊の反応に手応えを感じ、ゆっくりと腰を揺すり始めた。その動きに合わせて、薊の大きな臀部が波打つように揺れる。二つの白い肉の塊が、月明かりに照らされて輝きながら、忠吾の腰に打ち付けるたびに柔らかな音を立てた。
やがて、忠吾はもう片方の手を伸ばし、薊の前の穴にも指を差し入れた。後ろからの硬さと前からの指が、薊の体の内側で呼応するように動き始める。
「ひぁあっ! そんな…両方…」
二つの場所からの刺激に、薊の意識は白く溶けていった。これまでの任務では決して味わったことのない、深い快楽が全身を支配する。蟲忍の調教とは全く異なる、愛に満ちた交わりの中で、薊は初めて本当の悦びを知った。
忠吾の動きが次第に早くなり、指と硬さが同時に薊の最奥を突く。その度に薊の体は大きく震え、もはや声すら出せないほどの快感に飲み込まれていった。
二人の呼吸が乱れ、汗ばんだ体が月明かりに輝きながら一体となって動いている。忍びの頭領としての誇りも任務への使命感も、今はすべて忘れ去られ、薊はただ一人の女として忠吾に身を委ねていた。
9.別れの時
忠吾は精根尽き果て、深い眠りに落ちていた。月の光が窓の隙間から差し込み、その穏やかな寝顔を照らしている。薊は静かに体を起こし、湧き水で濡らした手拭いを絞ると、忠吾の汗ばんだ体を丁寧に拭い始めた。
「なんと純粋な人なのでしょう」
薊は思わず微笑んだ。忠吾の体を隅々まで拭き終えると、散らばった着物を拾い上げ、丁寧に畳んで忠吾の身に纏わせた。炭焼きの荒れた手と違い、その寝顔は幼子のように無垢で、その対比が薊の胸に温かいものを灯した。
炭置き場から小屋へと戻る途中、薊は自分の体の変化に気づいていた。あの狂おしいまでの疼きが、嘘のように収まっている。空虚だった心も、満たされたかのように落ち着いていた。
「調教や屈服とは全く違う…」
薊は星空を見上げ、そっと呟いた。これまで幾度となく交わってきた男たちとは違い、忠吾との一夜は技巧も何もない、ただ思いをぶつけ合うだけの素朴な営みだった。それなのに、いや、だからこそ、その交わりは薊の心と体を同時に揺さぶったのだろう。
小屋に戻ると、巴が小さな油灯の明かりのもとで待っていた。
「お待たせしました。行きましょうか」
薊の声に、巴は無言で頷き、荷物を手に取った。まるで最初から計画していたかのように、二人は音もなく準備を整えていた。
薊は最後に、離れの部屋に横たわる忠吾のもとへと向かった。静かに扉を開け、忠吾の安らかな寝息を聞きながら、彼の手のひらに自分の指先を触れさせる。
「どうかあなたが、私のような運命の者ではなく、素敵な人と出会えますように」
心の中でそう祈りながら、薊は忠吾の手から自分の指を離した。代わりに巴の手を掴み、二人は小屋を後にした。
扉を静かに閉める音が、不思議と最後の別れの音のように響いた。薊は振り返らなかった。この先何があろうとも、もう二度と忠吾のことを思い出すことはないだろう。そう自分に言い聞かせるように、薊は山道を下り始めた。
月の光だけを頼りに進む道は険しかったが、二人の足取りは軽かった。特に薊は、久しぶりに体の内側から湧き上がる力を感じていた。蟲の卵を産み落とし、異常な発情も収まり、そして忠吾との一夜を経て、彼女は再び忍びの頭領としての自分を取り戻しつつあった。
「巴、もうすぐ夜が明けます。日が昇る前に、この山を越えましょう」
薊の声には力強さが戻っていた。巴も以前のような従者としての立ち振る舞いを取り戻しつつあった。
二人が山の稜線に辿り着いた頃、東の空が僅かに明るくなり始めていた。薊は最後に一度だけ、後ろを振り返った。忠吾の小屋はすでに見えなくなっていたが、あの一夜の記憶だけは、薊の心の奥深くに刻まれていた。
騙し騙されでもなく、上下関係もない、本来の人の営み。それを知った今、薊は再び忍びとしての道を歩み始める覚悟ができていた。
「さあ、行きましょう」
薊の言葉に、巴は静かに頷いた。二人の忍は、朝日に照らされる新たな道を、黙々と歩き始めた。
人里を目指して下山する道中、薊の心には新しい強さが芽生えていた。忍びとしての使命、そして女としての自分。この二つを抱えながら、彼女は再び前を向いて歩き始めたのだった。
忠吾との記憶は、やがて薊の中で薄れていくだろう。だが、その一夜が彼女にもたらした変化は、これからも薊の中で生き続けるに違いなかった。
終わり
この作品は綾守竜樹著・くノ一淫闘帖の秘録です。本編後のお話として二次創作であらすじをbc8c3zが作り、dingdong先生に書いていただき、最後のほうだけ少し編集させていただいたものです。、4月の綾守先生のご命日の供養企画の1つです。くノ一淫闘帖は人気ですが中々いいあらすじが出来ず、この1つしか出来ていませんが、完結出来よかったです。
この作品が一瞬でも綾守先生がいなくなったことの皆さんの孔を埋めれれば幸いです。
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