くノ一淫闘帖秘録~薊編~②

6.産卵

その時は刻一刻と近づいて来ていた。それにつれて夜という安らぎの
時間は薊から奪われた。

生暖かい隙間風が入る粗末な小屋の中に一切の明かりはなく、今夜の様な月も
隠れる曇天では、小屋の中は墨を流したように闇に閉ざされている。
視界を失った残りの五感は研ぎ澄まされて、薊を苦しめる。

巴を不安にさせるわけにはいかない。

荒い息を付くことさえ憚られる中、自分の体の中身が刻一刻と変化して
行くのを自覚せずにはいられない。

本来、食物を消化し排泄するだけの長い長い管の半ばに居座ったそれは
腸の一部を広げ居座っていた。柔らかく半透明の、真珠を二回り
程大きくした大きさの卵。数十の塊が菌糸の様な繊維と粘膜に守られている。
腸に根を張った糸は宿主の滋養をわずかばかり吸い取り粘膜に変える。
そして古くなり崩れた粘膜は、毒となり腸のひだの一つ一つに染みこみ
狂おしいほどに疼かせるのだ。

出産という神聖な時間を迎えるべく慌ただしく働き続ける薊の胎内は
騒がしい。膨れ上がった腸はさらに張りを増し、様々な臓物を押し
上げる。卵に栄養を与えんとする血流が音を立て、半透明の卵膜の
内側で身を丸める蟲の赤子の息づく脈動が、僅かに膨らんだ柔らかい
腹部全体に響く。産卵の時を迎えんと細胞の一つ一つが活性化し
心臓は強く脈打ち血液と酸素を指先まで巡らせる。

とても、眠れるものではない。本来であればもんどりうって悲鳴を
上げたいくらいだ。だがそんな拷問を薊はすでに幾日も耐えている。
ただ、日が昇り蟲の卵の活動が治まるのを待ちながら呼吸を整える
事だけに集中する。

だが、日に日に呼吸も脈拍も乱れ、えづくようにすらなってきた。

「薊様……」

闇の中、穏やかな巴の声が聞こえる。

「何かお力になれることはありませんか?」

体調が整い始めた巴に隠し通すこと等土台無理だったか。

「……大丈夫ですよ」

そう言う薊の声は疲れ切っていた。

「汗もすごいです」

闇の中、嗅覚も研ぎ澄まされる……いや、自分が気付いていないだけで
小屋の中は自分の体臭に満ちているのかもしれない。
薊は諦めると、長い溜息を吐いた。

「巴と一緒にした勤めで強い薬を使ったのです。後々こういった症状が
出るものでしたが、何れ治まります。煩わしいかもしれませんがもう
しばらく……」

初めは、地鳴りの予兆を感じたのかと思った。下腹全体が沈む感覚。
だが五臓六腑が暴れだし、ついにその時が来たのだと薊に確信させる。

くじけそうになる細い手足に鞭を入れ、踏ん張るようにして身を起こす。

「薊様っ」

只ならぬ気配の変化に、巴が闇の向こうで身を起こすのを感じる。

「大丈夫です」

今度の薊の言葉は先ほどよりも力強かった。体の中は一切合切が荒れ狂って
いるものの、ようやくこれで終わるのだと思えば、耐えられた。

「もう大丈夫、これで峠は越えました……少し、厠に行ってきます」

「では私も一緒に……」

「気持ちだけありがたく。これも秘伝の一つなのです」

薬の副作用だなどと見え透いた嘘をついたのも、巴に蟲というものを
意識させたくない故だった。ましてや蟲の子をひりだす瞬間など見せる
わけにはいかなかった。

「弱っているとはいえ、野盗や獣に後れを取るほど衰えてはいません
何かあれば声を上げます」

二本の足で立ち上がると、そのまま腹の中身がすべて尻穴から零れ
おちそうになり、尻穴を引き締める。うつむき気味に重心を傾けて
見るが今度は腹部が圧迫され、慌てて背筋を伸ばす。力んだ足で
ぎこちなく一歩一歩、隙間風が流れ込んでくる引き戸を目指し歩く。

振りかえる余裕もなく、見送る巴の前で後ろ手で引き戸を締める

厠へ、早く厠へ。下腹部から多分に水気を含んだ唸るような音が聞こえる。
気が付けば、歩幅は、刻むような小さいものになっている。
さほど小屋から離れぬうちに、足がもつれ、草むらに倒れこむ。

「!?」

なんとか手をついて受け身を取ったが、その衝撃で胎の中で何かが弾けた。

「っ、が……!!」

卵が割れると同時に、役目を終えた菌糸が腸からはがれ、粘液が崩れ
流れ落ちてくる。本来鈍いはずの臓物が焼けた鉄のように熱を持ち
肉を内側から焼く。

蹲り掲げた形のいい尻のつぼみがすぼまったと思った瞬間細長く伸び
透明な粘液が噴き出す。歯が砕けそうなほど食いしばり、その強すぎる
快感に何とか耐えきる。

それでも、まだ本当の地獄はこれからだということを薊は本能で察知
して、薊は何とか地面を這いずり小屋から離れていく。
そうしている間にも、尻穴の内側の熱と、しもやけのようなじんじんと
した疼きは強さを増してくる。

そして時が来た。

「ぃっ……!!」

一斉に、柔らかい殻を割り這い出た蟲達が外を目指して蠢き始める。
母親の滋養を受け丸々と太った真珠色の芋虫の群れがひしめき合いながら
腸を下っていく。

「ひぃぃぃぃぃ……♪」

顔に泥がつくのも構わず、地面に顔を埋め薊は鳴いた。見開いたままの
眼球に葉先が触れ、ぼろぼろと大粒の涙が流れる。
早く終われと下腹部に渾身の力を入れていきむと視界が赤く染まり、頭の
血管が切れそうになる。

人が、耐えられる、ものでは、ない。

心の中で自分が自分でなくなることに対して許しを請う叫びをあげる。
爪が地面に喰い込み、眼球が反転する。

「いっぁ、あっぁぁ……っ♪」

それはもはや嗚咽だった。泣きわめきながら力を入れ、尻を上げ下げして
子供たちを体外に導く。

最後に覚えているのは、すでに開発しつくされている直腸を駆け抜けていく
無数の蠢動が、腫れあがった菊座をかき分け外に飛び出す快感だった。

「……」

気を失っていたのはほんの僅かの時間であったのだろう。正気を取り戻した
時、幸い巴はまだ小屋の中にいるようだった。呆然としたまま上体を起こすと
ぼたぼたと思い水音が響く。何事かと視線を下げればその音は大きくなった。

半開きの口からしたたる自分の唾液が下草を叩く音だった。

尿の匂いが立ち込めている。ふらふらと立ち上がり、乱れた着物を正す。
自分が産み落とした蟲達は、すでに姿を消していた。戻らないと巴が心配する。
その思いだけを胸に小屋に戻ろうとするが、ぬるりとしたものを足裏に感じ
慌ててたたらを踏む。

「っ……」

自分のひりだした粘液の感触で正気を取り戻した薊は、粘液を念入りに土と
葉で隠すと、忠吾に詫びながら水瓶の水で身支度を整え、小屋に戻った。

目が覚めたのは昼過ぎだった。頭が働かない。こんなに心地よい目覚めは
いつぶりだろうか。上半身を起こすと、ほっとした様子の巴と忠吾が囲炉裏
のそばでこちらを見守っていた。

7.飢え

ようやく解放された。そのような思いが間違いだったことを薊は直ぐに
思い知ることとなった。

うずく。体が疼く。欲しいのだ、雄が、子種が。

長らくはらわたに居座っていた異物感の代わりに訪れたのは、晴れ晴れ
とした開放感ではなく全くの逆。ぽっかりと自分の体の中に空洞が
あることへの違和感だった。

体が寂しいと泣いている。その虚ろを埋めたいという欲求は、巴に隠す
事すら出来ないほど強かった。産卵直前の全身が乱れ狂う感覚とは違い
それはただただ頭蓋の内側と心の臓から早鐘のように波となって
全身に広がってゆく。

産むまでは、終わりのある戦いだった。産めばこの疼きから解放される。
そんな思いで淫獄の悪阻を何とか耐えきることができた。
だが今は違う。この留まることを知らない肉欲は、果たして早く次の蟲を
孕めという置き土産の毒なのか、それとも自分の頭の中身が快楽を覚え
根本から変わってしまったのか……。薊にすら判断はつかなかった。

もし、後者であれば無限の苦しみを味わい続けなければならない。
永遠の忍耐。それを想像するだけで薊の心は砕けそうになった。

もはや、限界だった。巴もただの薬の効果としてはおかしいということは
気付いているが、薊のあからさまな嘘を問いただそうとはしなかった。
ただ、ふらふらと小屋を出ていこうとする薊の背中に声をかけるだけだったが
薊はもはや頷くことだけで精一杯だった。

もう限界だ。体が鉛のように重い。だがもう少し、もう少しだ。すでに
見当は着けていた。山の斜面を下り、地面が平らになった先に目当てのものはあった。
元は水が流れていたのだろうか、滑らかな岩が一つ、茂みの中に鎮座していた。
そこに引き締まった太ももを広げ、跨る。全体重が、柔らかい女性器に
かかり、薄い着物越しに岩に張り付いて広がる。

「えっ……ひっ……」

歯を食いしばり、肺腑から飛び出した声を口の中でなんとか抑える。
真っ当な体なら苦痛にしか感じないであろうその岩肌のめり込む感覚だけで
薊は絶頂した。潮だか尿だか自分でも判断の出来ぬ生暖かい飛沫を
岩に密着させた女陰からしぶかせ、下半身をしとどに濡らす。

「はぁ……ぁ……♪」

全身を駆け巡る快感と体の震えを抑え込み終わると、力を抜いて大きく
息を吸う。空気を甘く感じた。大きく開いた薊の口からは朱色の舌が
顎先まで延び、口角は快楽に緩んでいる。

「は、あっ♪」

着物を肩から外し、重い豊かな臀部をくねらせ、着物の布地を股間に
集めていき、ゆっくりと、体を前後に動かす。

「あ、ぐぅ……♪」

汁を吸い黒くなった布地が陰唇と一緒に前後に動き、白い岩肌に筆を
滑らせるように淫らな後をつけていく。体重をかけたまま、ずるり
ずるり。時折腰を軽く浮かせ、着物だったものの塊に女陰をたんたんと
叩きつける。つま先を内側に曲げながら、その動作を何度も何度も
繰り返す。

「ふぁぁ……」

綿菓子のように芯のない甘ったるい声を上げながら、虫の鳴き声に
包まれてもはや帯を腹に巻き付けただけの裸体の女は岩とまぐわい
続けた。

腕で乳房を寄せ上げ、自ら乳輪ごと膨らんだ乳首を吸う。
本当は太い腕で抱きしめられたかった。包み込んで締め上げて体から
溢れる一切合切を絞り出して欲しかった。快楽に溺れれば溺れる
程、悦びに紛れてわずかばかりの寂しさが生まれる。

足りない。足りない。

何が足りないか、までは考えることはできなかった。答えを出せば
それをもう我慢できないから。

心の赴くままに腰を動かす。岩にのしかかり末広がりに歪んだ
臀部の上で、細くくびれた腰が蠱惑的にしなる。無我夢中で自分の乳房に
舌を這わせながら、自然と股間の罪の芽に薊の指先は伸びた。

乙女が一人自分を慰めるときの様な繊細な動きではない。それこそ
無遠慮で暴力的に、握りつぶすようにきつく指の腹で挟み込んだ。

「え゛っ……」

それを果たして嬌声という言葉で表していいものか。喉の痙攣で
こぼれだした濁った音を上げ、痛み交じりの絶頂に唇をすぼめ突き出した
口内で舌が小刻みに震える。一段目の快楽の波を乗り切り、歯を食いしばり
二段目の波を眉間に皴を寄せ耐える。

しなやかな背筋がひきつり、青い空を見上げながら、穴という穴から体液を
垂れ流しながら力なく上半身を揺らす。立って歩くようになってからこのかた
初めて体の芯を失い体が崩れる。

「いひ……いっ♪」

のけぞるように後ろに体勢を崩し、尻が岩から滑り落ちる。意図せぬ刺激に
歓喜の声が上がる。視界の中で緑と青が流れ混じるのを見ながら、薊の
湯だった頭が考えていたのは、やはり自分で動くより先の読めぬ刺激の
方がといいという程度の事だった。

背中から柔らかい地面に落ち、大きな臀部は岩に寄り添うようにしている。
草鞋を履いた素足は、餌を待ちわびる地虫の頤のように左右に開き
丸めた足指がひくひくと揺れている。

「あぁ……あぁ……」

ここしばらくの生活で少しだけ伸びた薊の髪は艶やかに地面に広がり
その周辺毎真っ赤に腫れた女性器は風に撫でられるたびに人の一部とは
思えぬように蠢いていた。

ひぃひぃと荒い声を上げながら、とても知己には見せることのできぬ
恰好のまま、蜂蜜の様な胸を焼く甘い快楽の余韻にどっぷりと浸り続ける。

「あぁ……」

あぁ、忠吾どのがたまさか通りかかってくれればいいのに。
僅かに形を変えながら流れる白い雲を見上げながら巴はそんなことを考えた
自分で忠吾が通る山道とは反対側の場所を選んでいる以上そんなことは
ありえない……。

やはり男が欲しい。

赤黒く膨れてめくれ上がった花びらを指で割り、沈める。しばしもぞもぞと
膣の中で動かしていたがそれがただの指であることをわかっているらしく
ひだの蠢きは緩慢だった。愛液に塗れた指を引き抜き、小豆の様な女の芯に
絡める。人差し指と中指の腹でこね回すと、二つの淫らな口がぱくぱくと
動き始め、空に向いた足が左右に広がる。

やがて震える指先が周囲の草むらに伸びる。着物が崩れるにつれて懐から
取り出したのは、小ぶりなすりこぎ棒だった。忠吾が薬を額に汗を浮かべ
ながら、巴のために薬を煎じるのに使っているその大事な道具を自分の
女陰に潜らせる。その背徳感に薊の目じりは下がる。

きっと許してくれる。そんな乙女じみた甘えを思い浮かべたのは
いつぶりだろうか。

指とは膣壁の反応も違った。
うねりながら奥へ奥へと蠢動し、戯れに手を離してみると見る間に
すりこぎは産道に飲み込まれ行った。

「くふうっ」

上下逆さになった態勢のまま手と腰を独立して動かす。ようやく落ち着いて
来たためか、その動きはやや緩慢で余裕がある。

「あぁ……」

艶の増した声で熱い吐息を絞り出しながら、胸を上下させる。

「んん……」

固く瞑った瞼の裏側に映るのは、いつか見た忠吾の男らしいかくばった体
尽き。鼻孔によみがえるのは、肩越しに忠吾の手元を覗いたときに嗅いだ
男の匂い……。

「忠吾殿……」

もはや声に出すことにすら躊躇いを感じなかった。まるで恋する乙女の様な
細く上ずった声を上げながら、甘えるような腰の動きは続く。やがて嬌声
は短く早くなり、ひときわ甲高く声を上げると、くたりとすりこぎを
股座に残して両手が草地に落ちた。

「はぁ……はぁ……」

これでようやく落ち着いた。だがそれも一時の事だろう。長い忍耐の末に
迎えた綻びが心に広がっていく。だがそれは決して不快なものではなかった。
恥を忍んで忠吾殿に頼ろう。たとえ誤解されてもいい。そうでなくては
きっとこの疼きは治まらない。

一晩女にしてもらって山を下りよう。
ごろりと体をひねり、鼻先を草むらに埋め青臭い香りを肺腑一杯に吸い込み
ながら薊は思いを定めた。


この作品は綾守竜樹著・くノ一淫闘帖の秘録です。本編後のお話として二次創作であらすじをbc8c3zが作り、dingdong先生に書いていただいたものです。

この作品が一瞬でも綾守先生がいなくなったことの皆さんの孔を埋めれれば幸いです。
今後もdingdong先生にお願いしており続きます。
感想があれば励みになりますのでお書きください。

作品終了後にアンケートを取るので、そちらのご参加もサイト継続の励みになりますので、ご協力よろしくお願いします。

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