巴が目を覚ましてから数日。未だ二人は洞窟で過ごしていたが、巴は失禁することもなくなり何かにつけては薊の役に立とうと野鼠のように薊について回り、水を汲み、野草で有り合わせの汁物を作り、休む暇もなく働き続けていた。
一先ず敵と呼べるものはもうこの近隣にはいない。幼少の頃に仕込まれた野歩きの基本に忠実に、下生えで煙を散らしながら炊飯をする巴の姿は、痛々しく、そのあどけない笑顔は寧ろ薊の心を茨の棘のように苛んだ。
「どうぞ、あざみさま」
湿った洞窟の岩地にきちんと膝をそろえ、おずおずと差し出される器。
季節柄、立ち上る青臭い香りはほど良い。汁を吸えば、苦みと青臭さが広がる。
それでも暖かく、さくさくとした触感がある。それだけで馳走だ。
少し不安そうな顔で、食い入るように見つめてくる巴に微笑みかけると、たちまち巴の表情は綻んだ。
「熱いうちに巴もお上がりなさい」
そう許しの言葉をかけると、巴はようやく自分の汁をよそい、薊の隣に並び、丁寧に何度も汁に吐息を吹きかける。
しばらくはその様子を見守っていたが、ようやく薊の視線に気づいた巴は、はにかみながら汁に口をつける。その瞳孔の動きを見ながらまだ、記憶を呼び起こすには早いと判断をする。
ただ……頭の働きはともかく、立ち、歩く仕草には異常は見られない。非常食も少なくとどまる理由も無い。そろそろ動いてもいいかもしれない。青く抜けた空をつく、山々を見上げながら薊はぽつりと呟いた。
盆地を抜ける山道は険しく。下草の茂った獣道も同然。巴を連れての旅路は市井の旅人よりも歩みの遅いものとなった。今も巴は足を止め、白く野草といっていい花を、いやその蜜を吸う小さな蜂を食い入るように見つめている。
そして薊に顔を向け笑うのだ。よほど自分といるのがうれしいのだろう。何もかも忘れてしまったのだろうか、ありふれた木も花も、流れる雲の形ですら巴の心を奪い、そして巴は薊も楽しんでいることを期待し、顔色を伺う用に振り返るのだ。
決まって必ず薊も微笑み返す。道中そんなことを繰り返してきた。
だがそんな巴の額には汗粒が浮かんでいる。人里を目指して移動し始めてから数日が立とうとしていた。
蟲忍の仕打ちで心だけでなく、体も相応に狂わされているはずの巴は、忍としての体の使い方も忘れてしまっている様子で、地面をこするように小刻みに歩いては、時折木の根に足をかけ転びそうになっている。疲れがたまるのも無理はない。
手ごろな石や倒木を見付けては、小刻みに休息を入れる。
「一口ずつゆっくりと飲むのですよ」
言われたとおりに、竹筒から水を飲む巴の横顔を眺める。考えていたのはこれからの事だった。
このままの巴を連れて帰れば、頭としてふるまわねばならない。このようにいつも一緒にいるわけにもいかない。それでは巴も寂しがるだろう……。
感傷を胸中で味わいながら、しばらくは、日銭を稼いで少しずつ、巴の頭からあふれたものを取り戻すとしよう……無理をすれば、完全に心の器は砕けてしまう。
冷酷だが、それは自分の復讐のためでもあった。
「……」
気が付けば巴が不安そうな視線でこちらを見ている。感情を表に出すような真似はするはずもないが童子のほうが人の機微には敏感なのかもしれない。廃屋から拾って渡した破笠の縁を大事そうにつまむ巴の水晶のように澄んだ瞳を見つめながら、薊はふとそんなことを考えた。
「あまり休んでは逆に歩けなくなってしまいます。もう少し登れば、峠の街道に出ますからもう少しの辛抱です」
薊はそう言い聞かせながら立ち上がり、巴もまた言いつけを果たそうとむくんだ足に鞭を入れそれに倣う。薊の言葉通り、半刻もせずに、踏み固められた街道に出る。
張っていた気が緩んだのか、大きくため息が聞こえてくる。集落がこの先にあったはず。日が落ちる前に果たして巴の足でたどり着けるか……。
そんなことを考えながら街道を進んでいた薊だったが、漸く道が下りに差し掛かった所で僅かに眉根を寄せ、足を止める。
見通しの悪い緩やかに曲がった道の先から人と鉄の匂いが漂ってくる。もっと近い道の脇の茂みにも。
獣臭にも似たそれは、とてもまっとうな人間のそれではなかった、確かにもう一里も歩けば山の中腹の集落があるが、肥の匂いも炭の匂いもしない。
何かが動き草が音を立てる。待ち伏せの手前で足を止めたのだ。こちらが気付いたことは相手にもしかも女二人。格好の獲物相手に引く理由も無い。
音も殺せぬ素人の動きだが、今の巴が、下ってきた道を駆け上がり男の足を振り切れるとも思えない。あいにく武器と呼べるものも無く、何より巴がいる。
直ぐに気配の主達が姿を現す。乱れた総髪に、薄汚れた着物の男達。先を焼き固めた竹槍や、鉈を手にした彼ら中には分不相応に胴を付けた者もいる。戦乱から逃げ出した雑兵か、落ち武者狩りで得た戦利品か。
何れにせよ、それは野盗に違いなかった。
「お渡しできるようなものはほとんどありません。食べものなら少しは」
わざと身を強張らせ、声を震わせる。いい獲物だと男たちは気を緩める、回り込もうと茂みの中を移動していたものまで顔を出してくる始末だ。油断させることには成功したが果たして巴を守り切れるものか。
裾に縋り付いてくる巴の手には、指が白くなるほど力が込められていた。
「へぇ、へぇ……えらい別嬪さんだなぁ。それじゃあ仕方ねぇ。着てるものと、下の世話を頼もうかな男所帯ですっかり溜まってよ」
「掃除と煮炊きもやってもらうことにしようや」
逃がす気も、一晩で済ます気もないらしい。気が早いものなどはだけた着物からまろび出た褌から一物を取り出そうとしていた。
異音に薊は巴に視線を向けた。裾に縋り付いたままの巴の喉の奥で、人の声とも思えぬくぐもった呻きが上がっている。そしてわずかに聞こえる水の滴る音と鼻を突く臭い。自分が何をされるのか見当がついているのだろう。膝を曲げ、背中を丸めた巴は瞬き一つせず、恐怖に強張った顔を野盗たちに向けていた。
ここでやるしかない。覚悟を決めた薊は、巴の白くなった手を優しく自分の手のひらで包む。
「大丈夫ですよ巴、あなたに手出しはさせません。私を信じて待ってくれますね。手を放して下さい」
包囲は完成しようとしていた。獣臭に取り囲まれる中、巴は視線を不安そうに周囲に巡らせていたが薊の言葉に口を真一文字に結ぶと、薊の裾の代わりに自分の胸元を握りしめ、瞳に涙を浮かべながら一つ頷いた。
「ありがとう、巴」
その信頼に心が痛むのを感じながら、薊は頭目らしき大柄な男に向けて一歩足を踏み出した。
3・乱入者
数が多いとはいえ薊と野党たちでは実力は天と地ほどの差がある。本来であれば徒手空拳でも何の問題もなく始末できる。だがそれは足を使って敵をかき回すことができるからであり。
巴という楔に縫い付けられた状態で、向けられたすべての武器の切っ先を捌き切るのは不可能だ。
先手を打つしかないが……左右の気配は後ろに抜けようとしている。
「病気のこの子を老母に合わせてあげたいと旅をしております。どうかこれで通していただけませんか!」
懐から取り出した財布から、なけなしの古銭を掌に零し、小走りに駆け寄る。目の前の男たちの足は止まったが囲む気配は止まらない。銭を奉げる薊の腕を掴もうと伸びる腕を躱すと、大柄な男の懐に飛び込む。
鳩尾に当身を叩き込み、声も無く崩れ落ちる男の帯に差した匕首を抜き取る。
眼球を突いてもよかったが、血を見せ残る男たちを逆上させたくなかった。
「手前!!」
怒りの声を上げて、竹槍を引く左の男の顎に薊の拳が突き刺さる。男の眼球はぐるりと反転し、のけぞった勢いの
まま倒れた。だが休む暇などない。右側から閃く鎌の一撃は思いのほか鋭い、槍と比べて素人にも使いやすい
それは、身をひねった薊の袖をわずかに裂く。
「この程度ですか!!」
一撃を躱され、つんのめり気味にたたらを踏んだ男のがら空きの腹。そこを回し蹴りが抉る。自分に注意を向
けようと侮辱の言葉を投げれば、思わぬ逆襲にあっけにとられた野盗達の顔が怒りに染まる。
これでいい、巴ではなく自分に向かってくれればどうとでもなる。だが……肝心の回り込む茂みの向こうの
音に迷いはなかった。
「あざみさまぁ!!」
ついに茂みから姿を現した野盗は小兵ながらその足の動きには無駄がない。あるいは本当の頭はあの男かもしれない。一拍遅れて、道の反対側からも人影が飛び出す。
巴は、胸元で両拳を握りしめ、のどが裂けんばかりに叫ぶ。もう横から延びる汚らわしい男の手が巴にかからんとしているというのに、彼女はその場に立ち尽くし、薊に向かって声を上げるだけだった。
「逃げなさい!!」
すぐにでも戻りたいのに、二人の間を野盗が遮る。
「どきなさい!!」
真っ先に倒れた大男が、それでも薊の足首を掴もうとするのを踵で打ち据え、駆け出そうとする。だが間に合わない。
すでに男は巴を羽交い絞めに、巴はつんざくような悲鳴を上げながら手足をでたらめに動かしている。今朝しっかりとしつけた着物が乱れ、太く引き締まった精悍な太ももがあらわになる。
その上、反対側から飛び出した影も巴にたどり着き……。
「ぐぅっ」
巴を羽交い絞めにしていた男から苦悶の声がり、薊は少なからず驚き目を見開いた。囲んでくる男たちはその異変に気付かず、勢いよく突きかかってくる。棍棒を、脱穀具を、鋤を躱し、包囲を潜り抜けると巴の元へ駆ける。
「こっちだ!! 落ち着いて……!!」
巴を羽交い絞めにしていた男は地面にうずくまり苦悶の声を上げている。後から来た男は精悍な顔つきの青年だった
半狂乱で体を揺らす巴を持て余した様子の青年からは狂暴性は感じられなかった。
「巴!!」
「あざみさま!!」
涙でふやけ真っ赤に染まった巴の顔。抱きしめてやりたかったが、ぐっとこらえ、伸ばされた手を取り声をかけた。
「走りますよ!!」
青年の先導で道とも呼べぬ斜面の溝を駆け下りていく二人。このまま走り続けるように言い聞かせ、一度巴の手を離すと、振り向きざまに小石を拾い、後を追ってくる野盗の目玉を狙う。一人、二人、つんざくような短い悲鳴をあげ、もんどりうてば後続の足は止まる。ようやく、獲物と思っていた麗しい女が、手ごわい相手だと
悟ったようだ。
「遠回りになりますが、やつらを撒きます」
野盗達の足音はもう聞こえなくなった。あきらめたのだろう。だが、青年の言葉に従い、一旦道を外れ背の高い茂みを揺らさぬようそっと腰をかがめて進んでいく。その間薊はずっと後ろから震える巴の肩に手をかけていた
四半刻も歩いたか。街道とは反対側の斜面を少し上った所に、粗末な小屋があった。他には屋根の敷かれた
炭焼きの窯と、落ち葉の浮いた小さな水がめが一つ。
こちらに背を向けた青年の肩は大きく上下しており、荒い息が印象的だった。巴も精も根も尽き果てたのがその場にへたり込み、ひきつるような呼吸をしている。しゃがみこんで巴の背をさすっていると、青年が
振り返る。その額にはびっしりと球粒のような汗が浮いていた。
「とりあえず……大丈夫、かな。昔使っていた炭焼き小屋です、もう俺もほとんど来ることがないほどで村もずっと下で誰ももう知りませんから安心してください。あまり掃除もしていませんが中へ」
「本当に助かりました。ありがとうございます。ほら、巴もお礼を」
「ありがとうございました」
少しまだ怯えながらも、薊と青年を交互に見た巴はたどたどしく礼の言葉を口にし、小さく頭を下げる。
半狂乱の中だ。助けられたという実感もあまりないのだろう。ぴったりと薊にくっついて離れようとしない。
大丈夫だ、と着物を掴む巴の甲を掌で包む。
枝を束ねた壁と、雑多な草葉を蔓で結った屋根。粗末な小屋だが、不思議と外の音は聞こえず、夜の寒さもしのげそうだった。6畳ほどのそこは大半が土間で、囲炉裏が掘ってあるある。奥には、太い枝を
通した一段高い床がある。
「最近はあのろくでなしどもが悪さをしているようで……でも間に合ってよかった」
囲炉裏の周りに置かれた腰掛に腰を下ろす。小さな腰掛なのに巴も一緒に座ろうとするので半分開けた。
「少し病で一時的に……町にでてちゃんとした医者に見せて療養をと」
混乱しているにしろ、やけに幼い仕草の巴に戸惑った様子の青年に、そう伝えると。青年は悲しそうに微笑み、水を飲むかい?と童子にするようにやさしく声をかけ、水筒を差し出した。
「何から何までほんとうに……」
一旦薊が受け取り巴に手渡すと、巴は喉を鳴らして貪るように飲む。
「全部飲んではいけません」
たしなめながら青年に視線を向ける薊だが。青年の手が激しく震えていることに気付いた。
興奮によるものだろう。薊の視線を感じた青年は、鍬を握りしめたままの自分の腕に目を向けるが鍬の先についた血の赤と匂いに気が付いたのだろう。はっと鍬を取り落とすと、顔を強張らせ刃先の血糊を見つめたまま動かなくなった。
初めて、人に刃物を振るったのだろう。忍びですら人を殺めることの忌避間を取り除くための訓練があるのだ。善良に生きてきた彼にとって、いかほどばかりの衝撃か。人に刃を突き立てた感触を思い出し、落ち着きなく拳を握り開き指をうごめかせる青年に薊は寄り添い、土間に両膝を突きその皮の厚い大きな手の平を両手で握りしめる。
「本当に、ありがとうございます……仏道に背くような事をあなたにさせて本当に心苦しいと思います
ですが……おかげで巴も私も助かりました。あのままでは私も巴も畜生のような男たちに捕らえられ死ぬまで慰み者にされていたでしょう……あなたのおかげで、こうして無事でおります」
真っすぐと青年の瞳を見つめ、語り掛ける。できたばかりの心の傷に真っすぐ手を伸ばす薊に一瞬青年の肩は怒り、戸惑いに顔はゆがむ。だがさほど間を置かず青年は息を吐き、脱力した。
「いえ、俺は自分のしたことに悔いはありません……助けられてよかった」
そうつぶやいた後、青年はようやく薊のやわらかい手指の感触と、息がかかりそうな間近にある美貌に気付いたのだろう。慌てて視線を逸らす。
薊はその青年の仕草を好ましく感じた。
4・快復
この辺りには水はなく、近頃は雨もなく水がめの水も腐っているだろうから。
そろそろ日も傾くと言って断ったのだが忠吾と名乗った青年はその日のうちに桶一杯の水を運んで来てくれた。
この水で三日は持たせるつもりで、夜露を手拭いで集め、それで二人の体を清めた。
だが次の日も、その次の日も青年は訪れ、蕎麦粉だの麦だのを持ち寄ってくれた。
水で捏ねて鍋に張り付け焼きながら、忠吾はこのあたりの話をしてくれた。
彼は祖父の代から炭を焼いて暮らしており、主に村に、偶にふもとの町で炭を売り生計を立てていること。最近野盗が街道で悪さを働き始めたこと。
万が一……村の誰かと繋がりがあることを考えて、体調が万全になるまでは山を下りずここでゆっくりしてから一息に町まで降りるように、という忠吾の提案に嘘はないと感じ彼の言に従うことにした。
とにかく、世話を焼いてくれるのだ。水を汲み、二人が寝やすいように床を整え、枝を組んで少しでもよく眠れるようにと、藁を敷いてくれた。日に干した藁の香りに包まれて眠るのは洞窟の湿った地面で寝るのとは天地の差であった。
三日目の夜に巴が熱を出した。度々濡れ手拭いを変え、水を飲ませる。その程度しか
出来なかったが、翌朝には寝息も整い、熱も引いていた。
すっかり日が昇ったころ巴は目を覚ました。体が重く、頭の中身が零れだしそうなほどにぐらぐらと揺れている。懐かしい香りを感じて、巴は自分の体を包むものに目を落とす。
体にかけられた着物からは薊の体臭がわずかに香り、その上から藁が被されている。
それらを押しのけ上体を起こすと、自分でも感じられるほど濃厚な汗の匂いが立ち上る。
喉の渇きを覚えながら視線を横に向けると、形のいい乳房を晒した薊が、壁に背を
預け寝ていた。その瞳はすぐに開き巴に向けられるが、その瞳には巴の記憶にはあまりないほどの驚きが湛えられている。
「巴……」
「薊、様……ここは……」
「思い出したのですか?」
薊がそう声をかけると、巴の顔が苦痛にゆがむ。まだ、完全に記憶を取り戻したわけではないのかもしれない。だが昨日までの異様に澄んだあどけない瞳とは違い、今の巴の両目には忍びとして鍛え上げられた鋭さが戻ってきていた。
「酷なことを聞きました。まだ何も考えなくていい、あなたは体調を崩していたのですまだゆっくりとしていなさい。水を……ほら横になって」
汗にまみれた巴の肩を抱き、沸かした時の熱がまだ残る水を飲ませる。
そんな時、忠吾の足音が近づいてくる。二回ほど、戸板が叩かれ、忠吾の薊を呼ぶ声が聞こえる。
「……誰だ!!」
頭の痛みに耐え、振り絞った巴の声の気迫に、戸板の向こうの気配が狼狽する様子が
手に取るようにわかる。
「忠吾さん、大丈夫巴です。少し体調がよくなったようで」
あえて記憶が戻った、とは言わなかった。その言葉が巴をさらに苦しめるかもしれない。
今無理をさせたくはなかった。
「巴、あなたは覚えていないでしょうが、野盗に囲まれた時に、あの男性が助けて
くれて、匿ってもらっているのです」
「そんな……ことが?」
思い出そう、なぜ忘れていたのか。必死に記憶を掘り起こそうとする巴の脳裏に
よぎったのは、毛深い色黒の男と豊満な体つきの女。そして這い回る蟲、蟲、蟲
「いっ……ひっ……」
自分を守るために閉じ込めていた記憶が漏れ出す。同時に背筋を走り抜ける恐怖と、快感腰が砕け、失禁、いや潮を吹く。
「は……♪ あ……♪ ひ♪」
がくがくと震え、滝のような汗を溢れ出させる巴にその自覚はなかったが、巴の
腰は前後にがくがくと小刻みに激しく動いていた。ここしばらく、ずっとそれだけを
繰り返して生きていた。そんな記憶が頭をもたげる。
取り返しのつかない記憶の奔流に巴が飲み込まれそうになったその瞬間、その唇を
柔らかいものがふさいだ。
「っ……あ、ぇ」
「巴、いいのです。今は休みなさい」
思いもよらぬ薊の行動に、記憶も彼方へと吹き飛び、ただただ目を白黒させる巴。
意図通りの反応に満足した薊は唇をそっと離すと、巴を寝かせ着物をかける。
ちらりと薊を見た巴は頬を朱色に染めると自分から着物と藁の中にもぐりこんだ。
「……忠吾さん もう大丈夫です」
声をかけると、さや入りの刀豆と韮を手にした忠吾がおずおずと戸を開け覗き込んで
来る。
「っ……」
絶句し固まる忠吾を不思議に思った薊だが、自分の乳房の先端に風を感じて裸体で
あることをようやく思い出す。巴に気を取られ自分も少し慌てていたのかもしれない。
「ああ、すみません……気が付かなくて。巴、着物を貸してもらえますか?」
巴から着物を受け取ると、背を向け着物を身にまとう。顔を隠せなくなった巴がぺこりと頭を下げると、気の抜けたよくわからぬ忠吾の声が聞こえてくる。
身支度を整えると、ようやく忠吾も落ち着いた様子で中に足を踏み入れる。
「その、刀豆と韮を……胃腸の薬ですが、悪いものを出しますし、体も温まり
ますから……」
豆は煎じて茶にするようだ。韮は汁物にでも入れるのだろう。気恥ずかしさを
隠そうとするかのようにせかせかと火を起こし、湯を鍋に開ける忠吾の脇に
座り、手伝う。肩が触れると、面白いほどに過敏な反応が返ってくる。
もしかしてまだ女を知らないのだろうか。時折、胸元や、背後からの視線を感じることがあったが、手を出してくる気配すらなく不安はなかった。
その回数は少なくなかったが年頃の男の事だむしろ健全だとも思う。
色香を仕込んだ忍び相手に仕方のないこと……。
ああ、それにしても……まだ、なにも礼ができていない。
小刀で刀豆を剥く忠吾を除き込む薊の顔は、盗み見る巴が訝しむほどに
忍びの頭として見せたことのない色気を湛えていた。
5・蠢く体
その日は、やがて訪れる夏を予感させるほどに蒸し、忠吾の用意した茶もすっかり飲みほしてしまった。汗が体にまとわりつき離れない夜の熱気の中薊は厠へと一人向かっていた。厠といっても、そうと決めて茂みの開けた場所に
穴を掘っただけの粗末なものだが。
韮の汁物は、その特有の臭みのおかげで久しぶりに食が進んだ。実際それは
薬効なのだろう。ぐるぐると時折音を立て、内臓が蠢動しているのを感じる。本当にありがたい……。忠吾の気配りのおかげで巴も明らかに快復に向かってきている。このまま童のまま、そんなこともあり得た中今日巴に起きた変化は光明だった。
「はぁ……」
それにしても……自分もまだ十全とは言えないようだ。蟲を制御し、造反者を
裁くことこそ成功したが、石室で責め苦を受けたのもまた事実。その後遺症
とも呼べるものが薊の体を蝕んでいる。
本来出すだけの穴。それが快楽を感じるための入り口になるという事を忘れがたい方法で教え込まれた薊の尻穴は、もはや排泄のための腸の蠢動にも鋭敏に反応し、体全体もそれに釣られて発情する始末だった。
これこそ、治るかわからない病だ。いや病と呼べるかもわからない。何せ体が快楽を喜んで受け入れるのはごく当たり前の自然なことなのだから。一度覚えて
しまった快楽の記憶は、それこそ巴のように記憶に蓋でもしない限り……。
そんなことをつらつらと考えながら歩いているうちに、厠についた。着物をめくりあげ、大きな引き締まったでん部を晒す。
「っ……!!」
のどが引きつり音のないうめき声が喉から漏れる。尖った野草の先端が菊座のそばの肉丘を突いたのだ。その予想外の刺激だけで、便に先走り分泌過多気味の腸液が漏れる。
呼吸を落ち着けた薊だが、その顔には決して部下には見せられないほど不安の色が濃く、唇を僅かに噛みしめている。人が人として生きている限り必ず日に一度二度は訪れるこの排泄という瞬間。それが薊を連日悩ませていた。
元々心地よい行為ではある。だが今の薊の体にとってその心地よさとはすなわち女としての心地よさになってしまっている。
躊躇ううちに、態勢が整ったと判断した腸は動きを速め、早く早くと急かすように排泄物を押し固め、下へ下へ、出口へと導いていく。覚悟を込めて下腹に力を入れる。括約筋が窄められたまま、大きく腸が蠢動し、出口付近に押し込められた排泄物が、直腸全体を限界まで拡張し、尻穴にねじ込まれる男性器を連想させる。
「ふあっ、う、ぐううぅ……♪」
続いて訪れるのは、我慢からの解放。
菊座が盛り上がると同時に、皴一つ無くなるまで大きく開き、溜まっていた物をすべて吐き出していく。
排泄物がはぜる音も薊の耳には入らない。どっしりと下腹部に重みを感じる程にたまったそれを、いきんで激しく吐き出す。
腸壁を、適度な硬さの排泄物が内部を抉りながら体外に排出されていく。
腸壁のひだの一つ一つまで、密着した便が刺激する。排泄のために歯を食いしばるが、その快感に体の力が抜けてしまいそうになる。
真逆の反応を必死に抑え込み、最後の最後まで下腹に力を入れて振り絞る。軽い破裂音を立てて最後の欠片まで排出が終わり、物寂し気に膨らんだままの菊座が震え、腸液が一滴垂れる。
「は、あぁ……ぁ……♪」
いきんで頭に上った血がじんわりと落ちていく。鳥肌が立ち急に寒気を覚えながら全身を弛緩させた薊は、幼子のようにべたりと尻もちをつく。
もはやいきむ力もなく、ただ弛緩した穴から、黄金色の液体が緩やかな弧を描いて穴の中に消える……。
「は、ぁ……」
尿が止まった後もなぜか前の穴が疼く。もちろん後ろの穴もそうだ。
しばらくは、大きな尻を地面に広げ、股座を開いた無防備な姿で喘いでいた薊だったが、気を取り直して鈍重な動きで腰を上げると
あらかじめ摘んであった大きなフキの葉を尻に当てる。
「ふうっ……」
これはそういう行為ではない。それはわかっているはずなのに……
ぐずぐずに緩んだ菊座がフキの葉に振れるとその冷たさに過敏に反応し収縮し、内腿の腱が攣ったように収縮し、筋肉の上に僅かばかりの脂肪をまとった太腿を震えさせる。
あぁ……。物足りない。ここに、張り子の一つもあれば……そのまま腰を下ろして、直腸の奥まで飲み込んで楽しめるだろうに。
だらしなく開いた口から舌を出し、小刻みにあえぎながらぼんやりと涎を垂らし、そのあいまいな時間を楽しむ。
もし手練れの忍が周囲にいれば薊の命は瞬く間に消えただろう。
尋常ではない。そう、今の薊の体は、巴と同じく大きな障りを抱えたままだった。蟲の卵は何組も薊の腸の奥深くで孵化の時を今か今か
と待っている。
「あぁ……♪」
今の自分もまた、忍としては不完全。忠吾には悪いが、今しばらくここで体を癒さなければならいだろう。産卵のその時まで。
この作品は綾守竜樹著・くノ一淫闘帖の秘録です。本編後のお話としてあらすじをbc8c3zが作り、dingdong先生に書いていただいたものです。
この作品が一瞬でも綾守先生がいなくなったことの皆さんの孔を埋めれれば幸いです。
今後もdingdong先生にお願いしており続きます。
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