御堂レイカ 外伝~Resurrection~

あらすじ

御堂レイカは(囮捜査班御堂レイカ 痴漢鉄道の亡霊)で一度は男どもにある普遍的な女性蔑視にあてられ、輪姦・調教され、この職業をやめようと思うが・・・同時にそれに戦う女の子の存在もいる・・・そのことの奇跡、この職業を続ける意味と再び続ける勇気と希望と意味を思い出す。
しかし、千手と幹部に犯された肉体は少しずつレイカの高潔な精神を蝕んでいた。


■レイカ、任務からの帰宅

 ドッドッドッドドッドッドッドッドッドッ……カタン。
 あたしの脚の間で、イグニッションを切ったバイクのエンジンが振動をやめる。
 バトンタッチするように、下腹あたりがドッドッドッド……と振動を始めた。
「……くそっ……なんで?」
 いまいましい思いでバイクから降り、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。
 あたしの金色の髪がふわりと肩に落ちる。熱さのせいで大きく開いていた皮ツナギの胸元にも。ぞっと背中が震えて、思わずヘルメットを床に叩きつけたくなる。
(なんで? なんで? なんでこんな……)
 ブーツの踵を鳴らして、地下駐車場からエレベータに乗り込む。
 エレベータのドアが締まると同時に、あたしは大きなため息をついた。
「それにしても今日は……やばかった」
 あたしは今日、自分がなし終えた仕事を思い出す。と同時に、むかし観た映画「アンタッチャブル」で、ショーン・コネリーが演じた老刑事の台詞も思い出す。
 『無事、仕事を終えて家に帰る……君は警官の果たすべき仕事を終えたわけだ』
 あたしは警官ではない。警察の斜め下の組織で働いてる。
 しかし法の番人として生活してきたこの数年間、この言葉は常にあたしの胸にあった。あたしは警視庁の外郭団体である、被害者心理研究所という胡散臭い名前の組織に身を置いている。

 今日もあたしは、無事、任務を終えて家に帰った。
 T電鉄夕方ラッシュ時に出没する集団痴漢グループを、この肉体を餌に引き寄せ、一網打尽にする、という「囮捜査官」の任務を終えて。
 エレベータが上昇していく。
 あたしの部屋はこの25階建てマンションの一三階にある。
 エレベータの上昇がいつにも増してゆっくりすぎるように感じられた。
(なんで……)
 その間にあたしは自問する。
(なんで最近は、いつも反撃のタイミングをうまく掴めないんだろう?)
 今日の任務はいつもの任務に比べれば……一年前に体験した『千手』事件に比べればラクショーの事件だったはずだ。
 相手はふつうの痴漢ども。数もせいぜい六人。
 特殊な能力を持っているわけでもなければ、どいつもこいつも色白のデブばかりで腕っ節が強いというわけでもない。どこにでもいる、何のへんてつもない、ただ恥知らずなだけの痴漢どもだ。
 (でも……あたしはあいつらにしたいようにさせてた……いつもだったら許せないレベルのことまで)
 髪を黒く染め、グレーのトレーナーにチノパンという「理系大学院生」ふうの地味系ファッションで電車に乗り込んだあたしの身体を、一二本の手が這い回った。
 おっぱいを揉まれ、お尻を握られ、ジーンズの布地越しに股間を嬲られた。
 それでもあたしは抵抗しなかった。
『やめてください……』
 できるだけ小さな声で、弱々しく痴漢たちの手を払いのけるふりをした。
(まだ……まだ。こんなもんじゃ、こいつらの手口を証明できない。もう少し我慢しないと……見てなさい。あとで思う存分痛い目に遭わせてやるから)
 そう思って「気弱な理系女子大生」を演じていると、連中が服の中に手を忍ばせてきた。トレーナーの裾から二本、襟元から一本、合計3本の手が忍び込んできて、あたしの胸をブラジャーの上から揉みほぐした。
『……はんっ』
 あたしは声を出してみた……あくまでも、演技で。
 トレーナーの下に身につけていたいかにもオシャレに気を使っていない、という感じのワイヤーなしのきつめのブラ。ユニクロですらない量産品の安物で、それにあたしのおっぱいを押し込んでおくにはちょっと苦労した。
 電車に乗り込んで5分、痴漢たちの手によって背中のホックが外される。
『す、すげえ乳……ヤバ乳だぜこの地味女』
『案外こーいうオトナシ系女のほうが、案外イイもん持ってたりすんだよな』
『形も悪くねえぜ、お、姉ちゃん感じ始めてるんじゃね?』
『ほっぺが真っ赤になってきたなあ……かっわいいじゃねーの』
 とか、なんとかかんとか。
 痴漢のブタどもが勝手なことを並べ立てはじめる。
 以前はそんなブタどもの言葉など、いちいち頭に止めないようにしてきた。
 ほとんどがオリジナリティのかけらもない、AVやらエロ小説やらエロゲからの引用で、その貧困な語彙と板についていない鬼畜っぷりにうんざりしていたからだ。

 でも、最近は違った。あの一件……千手の一件以来、あたしは自分の感じ方や物事の捉え方がすっかり変わってしまったことを認めざるを得なかった。

『乳首、立ってんじゃん』

 白ブタの一匹が、耳元で囁いたあの時。
 あたしはぶるっ、と身体を震わせていた。
 以前、そうした仕草はすべて演技だった。
 おとなしい女性が痴漢に遭い、羞恥に身をくねらせ、うなじや耳たぶ、乳房やお尻、それ以上の場所をあんなことやこんなことされたときに、見せるであろう反応。
 それを演じることで、あたしは痴漢を意識的に煽った。
 煽れば煽るほど、痴漢どもはバカなのでますます調子に乗る。
『すげー、ほんと、この女、ビクンビクン震えてるぜ……』
『地味な格好の女ほど、感度がいいらしいって聞いたからな』
『ほら、ほら、乳首、どんどん尖ってきてんじゃない?』
 乳首。その言葉を聞いた痴漢どもの何十本もの指が乳首に集中する。
 そのときにはわたしの変装用トレーナーは、ほとんどおっぱいの下あたりまでたくしあげられていた。混んだ車内でさらけ出される、93センチの張り詰めたバスト。
 それを競うように揉みしだき、慌ただしく捏ね回される左右の乳首。
 あたしは必死になって、そんな公共の場で乳首を弄られるという辱めを受けながらも、こみ上げてくるどうしようもない快感に対して、唇をかみしめて必死で耐えようとする、弱い女の子を演じ続けた……そう、演じていたのだ。
「そう、そうよ、演じてたのよ……あれは、演技だったのよ……そうに決まってるじゃない……バカらしい。なんで痴漢なんかにあたしが感じなきゃなんないのよ」
 いつまで経っても一三階につかないエレベータの中で、あたしはつぶやく。
 つぶやくが、ぴったりしたレザージャケットの胸元を見下ろすと、自分で見て恥ずかすくなるくらい、乳首が勃起しているのがわかる。
 つん、と跳ね上がり、エレベータの階数表示を見上げているあたしの乳首。
「着いて……早く着いて……」
 思わずブーツの踵で床を蹴った。大きな音が狭い室内にこだまする。
 しかしあたしの乳首は、入れ替わり立ち代り嬲られた数時間前の感覚を必死で思い出そうとしている。頭からはその感覚を必死で追い出そうとしているのに。
 あたしの理性や職業意識を、あっさりと裏切りるあたしの身体。

『すげえぜ……もうこの女、完全なアヘ顔になってやがる……』
『このまま、乳首だけでイっちゃうんじゃね?』
『下の方も触ってやんないと気の毒かな?』
 どこまでもあつかましく、身勝手で、被害者の心をサディスティックに踏みにじるような言葉の数々。
 でも、それはこれまでも任務でも十分、味わってきたことだ。
 それに、実際にあたしの乳房を乳首を、代わりがわり指で弄んでいた痴漢たちの周りにも、同じような痴漢未満の小市民がひしめいていた。
 六匹の色白デブ痴漢たちがあたしを覆い隠すようにして取り囲んでいるのを、周りから背伸びして覗き込み、目で楽しんでいる「痴漢のハイエナたち」。

 どんな現場にも、こういう連中はいる。

 そいつらは電車の中で直接、女性の身体に触れるような勇気……この表現であってる?……はないが、卑劣さは身体に触れてくる痴漢たちに引けをとらない。
 彼らは『目』で痴漢する。卑劣な痴漢たちに辱められてなすすべもない女性たちの無言の抵抗を『目』で愉しむことで、痴漢に感覚的に参加する。
 それだけではない。携帯の動画でその様を撮影する連中もいる。
 今日もそうだった……白デブどもの肩にめり込んだ三十顎と、直視するのもおぞましいそのまるい頭の隙間隙間から……何台ものスマートフォンが覗いていた。
『見られてる……あたし、見られながら、こんな電車の中でハシタナく喘いじゃってる……相手は卑劣な痴漢なのに……六匹の白ブタどもなのに……こんなに辱められてるあたしを、みんなが見てる……』
 あたしの全身をおもちゃにしていた痴漢はもちろん、それを取り巻く無数の乗客たちが、熱い視線を注いでくる。十数本の陰茎が、あたしの身体に向けられて固くなり、脈打っている。

 トクン、トクン、トクン、トクン、トクン、トクン……

 聞こえないはずの痴漢たちのアレが脈打つ音が、頭の中に響く。
 それは、どんどん早くなっていくあたしの鼓動と重なっていく。
『以前はこんなんじゃなかった……あたしは確かに、痴漢に遭う女性の被害者の心理にわけ行って被害者になりきることで、囮捜査を手がけてきたけど……それはあくまで痴漢たちを引き寄せる『演技』のためだったのに……違う、いまのあたしは、ぜんぜん、以前のあたしじゃない……』

 あの「千手事件」を経てから、あたしは以前の自分に戻れなくなっていることを、任務のために痛感させられてきた。あたしは、被害者を演じることを、楽しんでいるのだ。積極的に。
「ちがうっ! 絶対、絶対そんなんじゃないっ!」
 声に出して言ってみる。でも、ぴったりとした皮つなぎの中では、数時間前にさんざん嬲られた乳房が熱く、固く張り、乳首が『見て! あたしはここよ!』と言わんばかりに左右それぞれの頂点で突っ張っている。
『そろそろ……下のほうも触ってやろうよ。このままじゃ、生殺状態だぜ』
『おら、姉ちゃん、これから下のほう可愛がってやるからよ、嬉しいだろ?』
『もう、パンツの中もべちょべちょなんだろ? この変態女』
 あたしの変装用地味系チノパンの前ボタンが、ぷつり、と外される。
 そして、ジッパーがジジっと音を立てて下げられた。

 チーン……ガタン。

 はっとして顔をあげる。エレベータが一三階に到着したのだ。

■きょうの出来事……玄関の叩きで

 ドアを締めて、鍵を掛け、チェーンロックも掛ける。
「はあ……だいじょうぶ……あたしはもう、だいじょうぶ……ここはわたしの我が家、狭いながらも楽しい我が家」
 あたしの生活空間の香り、明かりも、空調もなにもなく、待つ人もいないひとりの部屋の空気が、あたしを出迎える。任務を終えてひとりの部屋に戻ると、いつもほっとする。寂しさは感じたことがない。
「だいじょうぶ……まだまだだいじょうぶ……あたしはまだまだこの仕事を続けられる……ヘンになんかなってない。痴漢に飼い慣らされてなんかいない……」
 自分に言い聞かせるように、祈るようにつぶやく。
 しかし身体はあたしを裏切るように、どんどん昂っていく。
 素肌はじっとりと汗にまみれ、レザージャケットに張り付いている。
 ドアを背にして、ブーツも脱がずに心を落ち着けようとした。
「あんな奴ら、痴漢じゃない……たかが変質者じゃない。一人の女相手に、男六人で寄ってたかって責めるしかできないような最低のクズどもじゃない。それに……」
 また思考が、ひとりでに数時間前に戻っていく。
 ジジッ……ジジッとチノパンのジッパーを降ろされる感覚が蘇る。
「あの時点で、もう全員の頭をカチ割ってもよかったのに……絶好のタイミングだったのに……なのにあたしは……」
 抵抗しなかった。
 ジジッ……ジジッ……ジジッとジッパーが下ろされていく感覚が、もどかしく、思わず腰をくねらせてしまった。
 演技じゃない。
 あたしはその後に潜り込んでくるであろう指の感覚を待ち受けていた。
「そんなの信じたくない……信じたくないけど……だけど」

 玄関のたたきで、ブーツも脱がないままドアに背をつけながら、……ジジッ……ジジッとジッパーを下ろされたときに感じた肌が泡立つような期待感を思い出す。
 レザージャケット越しに背中の肩甲骨を、自慢のハート型のお尻を、冷たいドアへとこすりつけながら、全身をくねらせる。そして……。
「だ、だめ……だめだって……こんな……こんなの……こんなことしちゃ……」

 あたしはレザージャケットの前ジッパーを自分でおろし始めていた。

 ……ジジッ……ジジッ……ジジッ……数時間前のじれったさを頭の中で再現しながら、ジッパーをおろしていく。見下ろすと、汗ばんでほんのり上気したあたしの胸の上半分が、乳首を隠す程度でほぼ露出している。
 むわっ、とそこから汗と香水の香りが入り混じった蒸気が上がりそうだ。
「だめ……ガマン……が、ガマンしなきゃ……こんなこと……ダメだって」
 でも。でも、もう無理だった。
 ジジジジィ……!
 あたしは一気に、ジッパーをおへその下まで引き下げていた。
 ジッパーの中に満ちていた牝の欲情の匂いが、むわっと立ち込める。
 カボシャールの香り……意地っ張りなはずのあたしの香りが、牝の欲情の香りに打ち消されている。
「……だ、だめだ、って……」
 数時間前、開かれたチノパンのジッパーに指が忍び込んできたときのあの感覚。
 頭の中がフラッシュする。
 指を入れてきた痴漢の、戸惑ったような表情が鮮明に蘇る。

『お……おい、マジかよ? この女……ノーパンだぜ!』
 痴漢男が仲間に告げた。
 そう。あたしはチノパンの下に下着をつけていなかった。
『う、ウソだろ? マジ? マジで? それはアカンやろ!』
『ウソじゃねえよ! ……ってかもう、中がぐっちょぐちょだぜ!』
『ノーパンで満員電車に乗車って、やっぱりとんでもねえ変態女だな!』
 そう。わたしは変態女だったかもしれない。
 任務の前、電車に乗り込む前に、駅のトイレでこの『地味目理系女子風ファッション』に着替えた時……あたしはショーツをつけなかった。
 自分でも、なんでそんなことをしたのかはわからない。
 ただひとつ言えるのは、今日の任務を前にして、この皮ツナギを脱いだとき……女の部分に当たる裏地のメッシュが、ねっとりと粘っていたことだ。
『あたし……任務の前だっていうのに欲情してる……これから痴漢に遭うっていうのに、カラダがこんなに求めてる……』
 
 あたしは愕然とした。背筋に寒気を覚えた。

 『千手』事件以前に、そんなことは絶対になかった。
 囮となって電車の中でバカな痴漢どもを引き寄せ、自分のカラダを触らせ、申し開きのできないところまで奴らをつけあがらせてから、ぶちのめす。
 快感を感じたのは、調子をこいていたクズどもをこの手でぶちのめす瞬間だった。それ以前には、不快感と連中に対する侮蔑、嫌悪感しか感じなかった。
 でも、いまは違う。ほんとうは、認めたくない。
 ぜったいに認めたくはないけれど、認めざるをえない。
『あたし……痴漢に触られることを求めてる……』
 自分でもどうかしていると思う。

 でもあたしは、いま、この瞬間、自宅の玄関のたたきで、ドアに背をつけながら、ツナギのジッパーを限界まで引き下ろし、自分で襟元を開いている。
 恥ずかしいくらいに晴れ上がった乳房が、飛び出るように溢れ出す。
 その登頂部分では、固くなりすぎて落ちそうな乳首が愛撫を待っている。
 数時間前もそうだった。
 あたしがノーパンであることに興奮した痴漢どもは、我を忘れてあたしの変装用『地味目理系女子風ファッション』を剥がしにかかった。

 「い、いや……や、やめて……」
 電車の中で使った、気弱そうな女の子の声色を使いながら、あたしは玄関のたたきで皮ツナギの前を大きく開き、左片肌を脱ぐ。乳房が褒めてもらうのを待っている犬みたいに、ふるふると震えていた。
「あうっ!」
 左乳房を握り締めた。
 無数の野太い指で捏ね回されたときのことを思い出しながら。
『とんでもねえ乳してやがるぜこの女!』
『乳首がだってビンビンじゃねえか? 自分で見て恥ずかしくなんねえのかよ?』
『言われれば言われるほど下のほうはビチョビチョだぜ! もうズボンにシミができてるぜ!』
『脱がしちゃおうぜ。本人もどうせその気で電車に乗ってきたんだろ?』
「ち、ちが、ちがう……あ、あたしは……そんなんじゃない」
 あたしは囮捜査官。痴漢たちを引き寄せて身体を触らせ、現行犯で逮捕する。
 それが任務だったはずだ。しかし、任務上、あたしが『痴漢を求めて』電車に乗っていることは事実だ。
『ふつう、こんな濡れ方しねえよな』
『触ってみろよ……火傷しそうなくらい熱くなってるぜ……』
『触られたくってノーパンで電車に乗ってきたんだろ? この変態女』
『ズボンも下ろしてやろうぜ』
「い、いやっ……!」
 わたしの広めの腰骨に引っかかった地味なチノパンを、何本もの痴漢の手が降ろしにかかる。
 痴漢たちの目が血走っていた。連中の肩ごし、頭越しに突き出された好色な顔。
 痴漢を取り囲む男たちの荒い鼻息まで、晒された素肌にかかってきそうだった。
 そのときの羞恥と屈辱を思い出しながら、あたしは右肩に掛かっていたツナギをはだけ、引き下ろしていった。玄関先の叩きでまだブーツも脱がずに。じっとりと汗ばんだ身体に、ツナギの裏地がべったりとシールのように張り付いている。
 ペリペリ……ペリペリ……ペリペリ……
 あたしが素肌を晒すたびに、皮がむけていくような音がした。
「あ、ああっ……だ、だめっ……」
 両袖を抜き、へその下……金色のアンダーヘアが少し露出するあたりまでツナギを下ろす。
 左右に出っ張ったあたしの腰骨と、豊かなヒップがツナギを支えてくれる。
 汗まみれの肌を晒したことで、電車の中でほぼ全裸にされたときの記憶が鮮烈に蘇ってくる。
 痴漢たちは……あたしの身体をくるりと反転させた。
 そのことを思い出しながら、ドアを背にしていたあたしは身体を反転させ、冷たいドアに張り詰めた乳房を押し付ける。
「は、はあっ……あ、あふっ!」
 身体を反転させられた先に待っていたのは、痴漢集団の中でももっとも好色そうで、年長で、頭の薄い男だった。その男がどうやら痴漢グループのボスだったようだ。
『そんな心配そうな顔すんなよ……俺の指マンですぐ天国を見せてやるからよ』
 そう言いながら、男があたしの前に人差し指を翳した。
 ブヨブヨの、イモムシのような指……まるでサヤエンドウのような指だった。
「い、いや、あたし……あたしは……そんな、変態じゃない……」
 それに。
 あたしは膣では感じない。そう信じていた。
 あの『千手』事件までは。
 男の指があたしの脚の間に潜り込む……もう脚を閉じて、それを防ごうという気力も起きなかった。

 その感覚を思い出しながら、スチールのドアに自分の乳房をこすりつけ、乳首の先端を微妙に刺激しながら、あたしはツナギの中に自分の手を差し入れていった。
「肉まんの中みたいにアッツアツじゃねえか……あんたの具が溢れかえってるぜ」
 それはあたしの口から出た言葉だった。
 ボス格の痴漢に言われた言葉を、あたしは自分の口で繰り返していた。
 自分でも引くくらい、その部分は熱く、溢れ、煮立っていた。
 あたし自身が漏らした自分の蜜を指に絡みつける。
「ひゃっ……んんっ!」
 人差し指でクリトリスをくすぐりながら、中指を入口に添えた。
 指に力を入れるまでもなく、粘膜のほうがやさしくあたしの指を奥へ誘い込んでいった。
「んんっ!……く、くうううううっ!」
 ここは玄関だ。ドアの向こうは、廊下。あたしはそんなところで立ったままオナニーをしている。それも夕刻に痴漢たちに辱められたことを思い出しながら。
『囮捜査官?……笑っちゃうわよ。捜査官失格どころか、女失格、人間失格じゃない……あたしは変態。ド変態のM女……痴漢にされたことを思い出しながら、玄関のたたきでオナニーしてる変態女……』
 自分で自分をあざ笑うと、ぎゅう、と内壁が指を締め付けてきた。
 まるで差し入れている指と、締め付ける女の部分、それぞれが別人のものになったみたいに。
「……こ、こんなんじゃなかった……あいつの指は……もっと太かった」
 そしてあたしは、クリトリスを嬲っていた人差し指も……粘膜の中にめり込ませていった。
「はあっ……んんんんっ!…………ああうっ!」
 びくん、と身体が脈打ち、あたしは玄関の叩きで、あっけなく絶頂に登りつめてしまった。
 ブーツを履いたままで。

■ゴキブリが喋る。

「イってないっ! あたしはイってないっ!」
 そう、あたしは電車の中ではイかないかった。
 痴漢たちはあたしの正体を知らない。

 ボス格の痴漢があたしの膣に指を滑り込ませた瞬間、そして後ろの痴漢があたしのお尻の孔に指を添えた瞬間、あたしは我に返った。
 スパークしようとするオルガズムのエネルギーを、なんとか反撃に転化させた。
 六匹の痴漢を一掃するのに、3秒かからなかった。
『いいマンコしてるじゃねえか……指に吸い付い』
 ボス格がそう言い終わる寸前に、あたしの掌底がそいつの鼻を叩き潰した。
 続けざまに左手で首筋に一撃。ボスがへなへなと崩れ落ちるのを呆然と見ていた、前方左デブのこめかみに一撃。振り向き様に後ろの痴漢のたるんだ顎に強烈な左フックを加えながら、背後に残っていた一匹の膝に、蹴りを打ち込む。残るは二匹。それぞれの鎖骨に垂直チョップを振り下ろし、しゃがみこんだ一匹には膝蹴り、仰け反ったもう一匹にの左右の頬には両肘による連続攻撃をお見舞いした。
 チノパンを上げ、トレーナーを下ろす。
 まだ生き残ってる奴がいないか、360度を確認する。
 全員が電車の床に沈んでいた。
 呆然とスマホやガラケーを手にした、「痴漢のハイエナ」どもが立ちすくんでいる。
 連中の端末に、痴漢どもの末路を記録できたことは何よりだった。
 ただ痴漢を見ていただけ、それを録画していただけの連中を確保することはできない。できないが、あたしは連中の顔のひとつ、ひとつをしっかりと脳裏に刻み付けるように睨みつけた。
『あんたらだって痴漢の仲間じゃない……自分では手を下さずに、目で楽しんでそれを携帯で録画して、家で愉しむ……今日だって電車の中で女の子が六人の痴漢にめちゃくちゃに弄ばれる動画を見ながら、家でさんざんオナニーぶっこくつもりだったんでしょ? ……あんたらに、奥さんはいないの? 娘さんや、女の兄弟は? ……その人たちがこんな目に遭ったら、あんたたちはどう思うわけ?』
 口にこそ出さなかったが、わたしは睨むことでその思いを連中に伝えた。
 全員が、異居心地わるそうに身じろぎし、スマホや携帯を下ろし、『自分は関係ありませんよ』とばかりに視線を泳がせた。
 そのときだった。わたしの背後から声がしたのは。
『やりすぎだ! 完全な過剰防衛じゃないか!』
 振り返ると、立っていたのは、四〇代くらいのサラリーマンだった。
 そいつの手に、携帯やスマホはない。もともとあたしのことを録画していたのか、目で樂しんでいただけなのかはわからない。
 しかし、そいつはあたしを指差して言った。

『なんでちょっと身体に触ったくらいで、こいつらをここまでぶちのめさないといけないんだ? ……助けを呼べば済む話じゃないか! ちょっと身体を触られたくらいで……ここまでやる必要なんてないだろう!』

 ちょっと?
 ちょっと、身体を触られたくらいで?

 あたしは愕然とした。そいつの表情が、本気だったからだ。
 そのサラリーマンは、痴漢たちがあたしにしていたことよりも、あたしが痴漢に反撃を加えたことが許せないらしい。
 指をわたしに突き出して、良識ある市民の顔を装っている、何の変哲もない男。
『…………』
 あたしはその男を睨み返した。もう少しで、自分の身体を弄り倒していた痴漢どもと同じような……いや、それ以上の攻撃を男に加えてしまうところだった。
 自制するためには、脳がショートするくらいの理性を動員する必要があった。
 男たちは……そのサラリーマンに代表される世間の男たちは、痴漢に遭う女性たちの心なんて、理解できない。理解しようとする気持ちもない。

 あたしが高校生だった頃、電車の中で痴漢に遭い、「やめてください!」と叫んだときのことを思い出した。
 車中の男ども誰もが、あたしに向けたあの目。
 まるで、「ゴキブリが口を効いた」とでも言いいたげなあの目。
 女子高生であるというだけで、ただあたしが、人よりスタイルが良かったというだけで、あたしのお尻を撫で回してきた痴漢。それに抵抗すれば、誰もが味方してくれると信じていた。あたしは何も悪くないはずだった。しかし、世の中はわたしと同じ考えではなかった。

『たかが痴漢くらい』
『ちょっと身体を触られたくらいで減るもんじゃなし』
『なに大騒ぎしてんだよ、それくらいのことで』

 当時は無力な女子高生だったわたしが今、囮捜査官として痴漢たちを猟っているのは、あのときに感じた悔しさ、理不尽さを解消するためだ。
 この仕事はあたしにとってセラピーのようなものでもあった。
 あたしを指差して『行き過ぎた暴力』を糾弾している男の目を、次の駅に到着するまでずっと睨み続けた。
 足元で痴漢たちが、どこが痛い、目が見えない、耳が聞こえない、後遺症が残る、なんだのかんだのと、病院の緊急外来で言うべきたわごとを唸っている。
 その何の変哲もない四〇代のサラリーマンが、演説を続けていた。
『だいたい最近の女は自意識過剰すぎるんだよ! ……この人たちの全員が痴漢だった、なんて証拠はあるのか? 証拠もなくここまでやって、怪我を負わせたらあんた(あたしのことだ)、傷害罪だぞ!』
 あたしは答えなかった。
 次の駅につけば、待機している鉄道会社の職員たちが、足元で唸っている痴漢どもを取り押さえ、しかるべき場所に突き出してくれるはずだ。
 こいつらが全員痴漢だったことの証拠?
 ……それは痴漢たちの周りでスマホやケータイをかざしていた、幾人もの『痴漢のハイエナ』たちの端末に残された動画が、その役割を果たしてくれるだろう。
 サラリーマンはずっと喚き続けていた。
 そして、その目が物語っていたのは、こういう本音だった。
『あんただって、痴漢されてずいぶん嬉しそうにしてたじゃないか? ……感じてたんだろ? ……痴漢されたくて、この電車に乗り込んだんじゃねえのかい?』

「ああっ!……もうっ!!」
 ドアに背をつけてイったあと、そのままたたきにしゃがみ込んでいたあたしは、金髪を振り乱して立ち上がった。そして、ブーツをむしりとり、蹴散らかす。
 裸足で廊下を歩きながら、腰のあたりでまとまっていたツナギを脱ぎ散らかす。
 全裸になって、向かうべきところは、全身のイヤな汗と股間のぬかるみを洗い流すシャワールームであるべきだ……ということはわかっていた。
 でも、あたしが向かったのは寝室だ。
 あたしは一糸まとわぬ全裸で寝室のドアを開けると、リングサイドのてっぺんからマット上の対戦相手にフライング・ボディシザース・ドロップをかますレスラーのように、無人のベッドに倒れ込んだ。

■サンチョの思い出

 あたしの四肢が布にこすれて、せわしなく音を立てている。
 出かける前にはシワ一つなくベッドメイクしたシーツは、もうくしゃくしゃになっていた。その真ん中に、すべてを脱いだ汗みどろのあたしがいる。
「ああっ……サンチョ、サンチョ、きてっ……」
 あたしはあられもなく両脚を大きく広げ、身体を弓なりに反らせて、左手で乳房を、右手で膣を責め立てている。さっきイったばかりなのに、全身がもっとはげしい快楽と絶頂を求めている。
 ここのところ、任務から家に帰ったとたんに、こうしてベッドに飛び込み、オナニーにふけることが多くなった……多くなったっていうか……ほとんど、いや毎回、そうするようになった。
「さ、サンチョ、そこっ! そこ、そこをもっと……あ、ん、んんんっ!」
 一旦、股間を攻めていた右手を膣から抜き取り、両手でおっぱいを鷲掴みにする。
「そ、そうよ……サンチョ、そう、そうして……あたし、あたしは膣より、そ、そっちが感じるの……」

 ちなみにサンチョ、というのはかつて特殊部隊員として某国の紛争地帯にいたときの同僚男性の名前だ。
 フルネームをサンチョ・クリストファー・ミュンへハウゼン・フォン・ムトスといい、国籍はメキシコ人だったが父親はコマンチ族にルーツを持つネイティブインディアン、母親はドイツ系移民であり、母方の祖父母はオーストリア貴族でありながら、本人は生まれも育ちもイタリアのフィレンツェ、という複雑な男だった。
 彼は様々な銃器を両手で扱うことに長け、暗闇にまぎれて物音ひとつさせず敵の背後に忍び寄り、延髄をアイスピックで刺すという暗殺術の使い手で、ナイフの名手でもあった。『沈黙の歓待』の主演俳優、スティーブン・セザールにナイフ指導をしたのは彼だと言われている。
 しかし殺人技や戦闘術以上に、彼が得意なのは女の身体を扱うことだった。

「そ、そうよ……そうっ! さ、サンチョっ! ……そうしてっ! も、もっとおっぱいをいじめてっ!」

 叫びながらあたしは自分の乳首を指で転がし続けた。
 学生時代から性欲はそれ相応にあった。
 セックスに対しては前向きなつもりだった。
 それが高じて、童貞の男を誘惑しては、自慢のおっぱいと性技で堕とし、無残な惨敗を味あわせてやったうえで「早漏、ソーロング」と嘲笑ったり、「短距離金メダル」などと罵ったりするような、すこし屈折した楽しみも知るようになった。
 たいていの男は、あたしの鍛え上げた身体の締めつけ、はげしくうねり狂う腰、おっぱいによる顔面圧迫などのアグレッシブな攻撃により、彼らが望んでいた目標の四分の一で逆によがり声をあげて射精してしまう。
 そんな男たちの情けない姿を見ることで、あたしは高校生時代の痴漢体験で味わった屈辱の復讐をしていたのかもしれない。
 さらに、あたしの快楽のポイントは膣ではなかった。
少なくとも、ある時点までは。
 あたしの膣は二段階で性的な快楽を感じる場所として開発された。
 まずはじめにその芽を掘り出してくれたのは、サンチョ・クリストファー・ミュンへハウゼン……ようするにサンチョだった。
「サンチョっ! もっと、もっとして……もっと激しく揉んでっ!」
 サンチョは、それまでに出会った男たちとはまるで違っていた。
 サンチョのセックスは、まるで熟練のチェロ奏者のようでもあり、外科医のようでもあり、時に優しい調教師のようでもあった。
 彼は決して焦らなかった。
 挿入することに、はなから興味がないようにさえ振舞った。
 はっきり言って、おせじにもイケメンとは言い難い顔立ちだったが、あたしは彼の、どこか『木彫りのアイヌ像』を思わせる顔立ちが好きだった。
 彼はどんな状況でも……たとえば、最前線の暗闇で、頭上数メートルのところで実弾や閃光弾が飛び交う中においても、やさしく、自然に、あたしの唇を奪った。
「だ、だめよ……だめよサンチョ……いまは戦闘中よ」
 あたしはサンチョのやさしい舌使いを思い出しながら、自分の指を唇に差し入れ、舌を弄ぶ。
『エエヤンカ、レイカ。エングンガクルマデ、ドナイモコナイモシャーアレヘン。ジカンツブシヤ』
 サンチョは日本語を……とくに関西弁を流暢に喋った。
 不敵で、かつ茶目っ気のある笑みを浮かべ、塹壕の中であたしの武装をはだけていくサンチョ。
 タクティカルベストが脱がされ、野戦服の前が開かれる。
「い、いや……こんなとこで……こんなこと」
 いつも戦闘服の下は素肌でノーブラだった。
 そこに、グローブを外したサンチョの指が這っていく。
『ドヤ、レイカ。コウイウジョウキョウヤト、マスマスコウフンスルントチャウンカ。セヤロ。オマエハ、ソーイウオンナナントチャウンカ』
「だ、だめ、だめだってば……サンチョ……あんっ!」
 びゅーん、と頭の上を弾が音の速さを越えて通り過ぎていく。
 サンチョの指使いを思い出しながら、全裸のあたしはベッドの上で自分の尖りきった乳首を撫ぜる。
 それだけでもう、イってしまいそうになった……サンチョの乳首への愛撫は、いつも落ち着いていて丁寧だった。頭のすぐ上を実弾が飛び交い、遠くで迫撃砲が炸裂し、いつ何時、敵の総攻撃があるかわからない、そんな状況の中にあっても。
『レイカ、レイカ……ホンマニオマエハ、エエチチシトルノオ……モミゴタエガアッテ、ナカミガギュットツマッテテ……ソノウエ、ワシノテニ、ビンカンニ、ハンノウスル、カワイラシイチチヤ』
「あ、うっ……ふううっ……くっ……だ、だめっ……そんなに揉んだら……』
 ここだけの話、あたしの胸をこんなにも感じやすくしたのもサンチョだった。
 サンチョがあたしの戦闘服のベルトに手を掛ける。
 M9ピストルを入れたホルスターも外され、羞恥をあおるようにゆっくり時間をかけて、カーゴパンツが下ろされていく。
 もちろん、戦闘服の下はいつもノーパンだった。
『ドナイヤネン。ドナイナ、ヌレグアイヤネン』
「い、あっ……だ、だめっ……だめサンチョっ!』
 編み上げブーツを履いただけのあたしの両脚が、サンチョの手によって大きく開かれる……あたしは誰もいない寝室のベッドで、頭の中でサンチョの視線を再現しながら、大きく脚を開いた。
『ホウ、レイカ……モウ、ジュンビバンタン、イツデモ、トツニュウオッケー、ッチュウカンジヤナ』
「いやっ……そ、そんな、い、言わないでっ……」
 その時、そう言ったことを思い出しながら、自分の秘裂を指でなぞりあげた。
 さっき玄関先で一回、イったばかりで……濡れているのは当たり前だ。
 でも、サンチョとのあの塹壕での忘れがたい一夜の思い出が、さらに新鮮で熱い蜜をそこに沸かせていた。
『コノママ、ハイッテエエカ? コノチョウシヤッタラ、ゼンギモ、イランヤロ』
 その夜も、今夜も……あたしは大きく頭を縦に振って同じことを言った。
「き……きて。サンチョ。そのままきて。そのままあたしを、かきまわしてっ!」
『ホナ、イキマッサ』
 ぬるり、とサンチョの熱く大きな亀頭が、めり込んでくる。
 その感触を再現するために、指を一度に三本、ぬかるみの中にめり込ませる。
「あああっ! い、いいっ! いいわっ! サンチョっ! す、すごいっ!」
 あの夜、最前線でサンチョに深く正常位で貫かれたとき、あたしはそれだけで、軽く絶頂に昇りつめてしまった。サンチョの顔を見上げようとする。と、その時、あたしたちの頭の上で、照明弾が白く炸裂した。
「ああああああーーーーっ!!」
 あたしは自分で腰を持ち上げ、サンチョをさらに深く迎え入れようとした。
 そのときに感じた絶頂を余すところなく再現しようと、今夜も腰を高く上げて、自分の指で蜜壷の中を激しく抉りながら腰を振り立てる。
『エエカ、エエカ。レイカ、エエカ。エエノンカ』
 サンチョがゆっくりと余裕を持って腰を動かす。
 一瞬の不注意が死をもたらす危険な戦場のなかにあっても、サンチョは女体を靡かせることにおざなりな仕事はしなかった。
「いいっ! す、すごくいいっ! ……も、もっと奥まできてっ! サンチョっ! ……あたしの中を、めちゃめちゃにかき回してっ!」
『エエカ、エエカ。レイカ、エエカ。エエノンカ』
 さらに、二弾、三弾と照明弾が頭上で炸裂し、あたしたちの交わりを照らす。
 敵に見つかれば間違いなく命取り、味方に見つかったら軍法会議もの、という状況の中で、あたしはサンチョを全身で求め、サンチョも時間をかけてあたしの全身を愉しんだ。何度もキスを交わしたことを思い出しながら、左手を唇の中に突っ込んで舌と絡ませる。
「い、い、いくっ……も、も、もう少しっ……」

 事実、ここのところ、こういうことをする機会が増えていた。
 任務を終えて仕事から帰るなり、全裸になってベッドに飛び込み、激しいオナニーにふけることが。
 そのとき、いつも頭に思い描くのは、最前線でのサンチョとのセックスだった。
 あの力強い筋肉の感触、やさしい愛撫、たくましい肉竿と、丁寧な抽送……他人に聞かせたら、とんでもない思い出だと言われるかもしれない。
 でもあたしにとってあのセックスは、生涯忘れらなないものだった。
 その夜から3日後、サンチョは地雷を踏んで戦死した。
「く、くうっ……だ、だめっ……い、行かないで、行かないでサンチョっ!」
 そして毎度のことながら、オナニーで絶頂を迎える一歩手前でサンチョの死を思い出す。戦場での無益な犬死に。誰にでも訪れる、突然の死。
 あたしの気持ちが、急速冷凍されたように冷えていく。
 極限まで追い詰められた、あたしの肉体を残して。
 そんな時……どこからともなくあの香りがするのだ。
 そう、あの靴磨きクリームの香り……。
 そして、あたしにとって最悪の思い出であるあの男が、耳元で囁く。
『そんなまともな妄想で、あなたがイけるわけないでしょう……囮捜査官の御堂エリカさん』
 そう、その声は『千手』の声だ。しかもそれは、あたしの頭が作り出した妄想なのだ。

■あたしの頭の中の『千手』

 部屋の姿見の中に立っているのは、全裸の女だった。
 金髪の髪はくしゃくしゃに乱れ、その目は潤んでいる。その女はあたしが一番よく知っている女であり、逆に一番よく知らない女でもある。
「なにそんな物欲しそうな顔してんのよ……」
 鏡のなかの全裸の女に言った。あたしの知っているその女は、いつも凛とした目をしていたはずだ。その目は今、おあずけをくらった子犬のように弱々しい。力なく、姿のない相手に媚びている。
 女の唇の左端には、印象をさらに好色そうに彩る、目立つホクロがある。
 いつもはきつく結んでいるはずの唇は、だらしなく開かれ、口内に溜まった涎が、唇の端からこぼれ落ちそうになっている。これはあたしの知らない女。
 囮捜査官として痴漢どもを引き寄せるために、あたしはこれまでに数え切れないくらいのタイプの女に変装してきた。

 あるときはブラックのパンツスーツを着こなし、ウォール・ストリート・ジャーナルの英語版を片手に颯爽とホームを横切るキャリアOL。
 あるときはショートパンツに生脚を晒し、へそピを晒しながら丈の短いシャツと茶色の巻き髪、つけ爪もきらびやかな、ちょっと今時……という感じのギャル。
 あるときは水色のカットソーにピンクのカーディガン、シフォンスカートの下はナチュラルストッキング、まっすぐな黒髪で手にしているのは『赤毛のアン<新訳:完全版>』というお嬢様系女子大生。
 あるときは少し型遅れのタイトスカートにブラウス、お出かけ用のアイボリーのジャケットに、少しだけ脱色したセミロングの髪、薬指にはプラチナゴールドの結婚指輪、という癒し系人妻。
 あたしは囮捜査官……どんな女にも化けることができる。

「でも、今のあんたのザマ、それなんなのよ……変態欲求にまみれて、頭がおかしくなったメス犬じゃない」
 鏡の中の女は誇らしげに突き出る乳房を晒していた。
 それどころか、筋肉質な腹部と縦型のへそ、逞しささえ感じる腰を晒していた。
 下腹に至る丘も、その頂点を飾る髪と同色の金色の茂みも晒していた。
 そのすべてが、ぬるぬるの液体で濡れ光って、息づいている。
 あたしは鏡の前で、自分の裸身にローションを垂らし、それを塗りこんでいた。
 鏡の中にいるのは、まるで両生類のように濡れ光る自分の裸身だ。

『思い出しているんでしょう? レイカさん……ほら、あの靴磨きを全身に塗りこまれたときの感触を……お気に召してくれたようで何よりです』
「うるさい……黙れ……黙れ千手……このチンケな痴漢の幽霊野郎……」
 あたしは頭の中に響く『千手』の声に抵抗する。
 しかし頭の中の『千手』の声は止まらない。
『確かにあなたの膣を開発したのは、愛しのサンチョ氏だったのかも知れない……でも、その快楽のポイントを、人並み以上に感じる場所にしてさしあげたのは、ほかでもないこのわたし……そしてわたしの部下たちですよ』
「黙れっ! ……てか、なにユーレイのクセにいっちょまえにあたしの頭に話しかけてんのよ。あんたはもう消滅したはずよ。そう、ゆかりが……ゆかりがあんたをこの世から消してくれた。あんたは、もういないのよ」
 ふん、と耳元で『千手』が笑ったような気がした。
 というか、耳の穴へ、本当に息を吹き込まれたような気がした。
 ビクンッ! と鏡の中でヌメ光ったあたしの裸体が跳ねる。
『でも、わたしは実際にこうして今、あなたの頭の中に住みついている……だいたい、わたしはあなたに初めてお会いしたときには、すでに幽霊だったんですよ。幽霊に“いる”“いない”があると思いますか?』
「だ、だまれ……ワケわかんないわよ。そんな禅問答みたいな……はな……しっ」
 鏡を見ていると……あたしの両手がひとりでに、左右の腰をなぞり、脇腹をなぞり、乳房の下をなぞり、鳩尾からへその周りのすこし盛り上がった部分をなぞりおろしていく。自分で自分の手を動かしているという意識はまったくない。
『おやおや……また自分で自分を慰めるおつもりですか?……家に帰っては連続3回オナニーなんて……鬼の囮捜査官さんが聞いて呆れますね』
「ち、ちがっ……こ、これは、これはあんたがあたしの手を勝手にっ……動かしてるんじゃないっ!」
 鏡の中の淫らなあたしを睨みつける。
 当然のように鏡の中からあたしが、睨み返してくる。
 でもローションにまみれた身体の上を、あたしの手は生き物のように自由に這い回る……腰をくねらせ、胸を大きく息づかせて悶える鏡の中の女。
『わたしは電車の中に充満している男性たちの欲望によって、パワーを得ていたことをお忘れですか? ……ほら最初に、あの男子高校生たちの目の前で、あなたを攻め抜いたときのことを……』
 当然覚えていた。
 あの時、あたしは青春オナニー真っ只中の男子学生たちを満載した車両のなかで、『千手』に声を封じられ、何本もの見えない手によって嬲り倒された。
「い、いや……言うなってば……そんなこと、お、思い出したくもない……」
『あのとき、わたしはあなたが胸への責めに弱いことを発見しました……なぶってもなぶっても、あなたは減らず口を絶やしませんでしたね……それが今となってはどうです? わたしに何か、気の利いた台詞のひとつも吐けないんですか?』
 鏡の中の女が、あたしに見せつけるように両手でローションに濡れた乳首をつまみ上げ、ころころと転がしている。
「ふ、ふん。わざわざあたしのところに戻ってきたわりには……ぜんぜん進歩がないじゃない。結局はあんた、ただのワンパターンなんじゃないの?」
『そうそう……その調子です……では、これならどうです?』
 ちゅぷっ、と音を立ててあたしの両乳首に何かが吸い付く。
「くっ……うううっ……!」

 もちろん、この部屋にはあたし以外の人間はいない。
 だから、あたしの乳首に、誰かが吸い付くはずもない。
 鏡の中の女が、ポンプ式の乳首責め器具を自分の胸に装着していた。

『さあて……ひさしぶりのレイカさんの敏感乳首を味わうことにしますか……』
「だ、だめ……や、やめっ……てっ……あああんっ!」
 きゅう、と音を立ててポンプが乳首を吸い上げる。
 じん、と痺れるような痛みに、思わず立ったままのけぞる。
『ふふふ……やはり一年前と同じだ……乳首を責められて、感じる姿が素敵ですよ……鼻っ柱の強い囮捜査官さん』
「やめ、やめろ……やめ、やめなさいっ……いまだったら、まだ、今だったら……ゆ、許してあげるから……ああんっ!」
 今度は乳房全体に、機械的な振動が与えられた。
 鏡を見れば、鏡の中のあたしは胸攻め用の大型マッサージ器で、左乳房をすくい上げるようにして甚振っていた。右手でさらにポンプを捜査し、乳首を責め上げていくあたし……いや、あれはあたしじゃない。鏡の中にいる淫らな女は、絶対あたしじゃない。あたしは復活した『千手』の力で、また責められているのだ。
『以前、お教えしましたよね……わたしは、電車の乗客たちの劣情をエネルギーにして、神がかりな痴漢を行っている、と……』
「ここは電車の中じゃないっての! ……この部屋にいるのは、あたしとあんただけよっ! それじゃ一体、あんたは誰の劣情をエネルギーに……」
 と、言いかけて、はっと口をつぐむ。
 そう、はじめから……わかりきっていることじゃないか。
 これはオナニーだ。
 全身にローションを塗り、身体をまさぐり、乳首を攻める奇怪な器具を用い、マッサージ器で乳房を攻めているのは……このあたし。
 御堂レイカ自身だ。
『恥じることはありませんよ、レイカさん……すべてをわたしの所為にして、今夜はたっぷりと楽しまれたらいいじゃありませんか』
 
 もう立っていられない……あたしは背後のベッドを省みた。
 その上には、あたしが『千手』事件以降、こつこつと通信販売で買い集めてきた、さまざまなアダルトグッズが散乱している。
「あ、ああっ……も、もう……だめ……」
 あたしは仰向けに、ベッドに倒れ込んだ。

■今夜も堕ちる

「ああっ……こ、こんなっ……こんなにっ……」
 ベッドに仰向けになって、乳首に吸い付いていたポンプを“ちゅぽん”と引き抜いた。まるで病気のように充血して肥大している乳頭を指で転がす。
 頭の中では『千手』が囁き続けていた。
『ほら……レイカさん、この前購入した、アレを試すときですよ……このぷっくりと腫れきった乳首に、アレを塗りこむとどんなことになっちゃうんでしょうねえ?』
「だ、だめっ! アレはだめっ! ……多分、おかしくなっちゃうからっ!」
 いやもう、十分にあたしはおかしくなっている。
 そう言いながらもあわてて『乳首用』催淫クリームのキャップを外し、チューブを握り締めた。だらり、と半透明の甘い香りのクリームが左の乳首に垂れる。
「あうんっ!」
 それだけで、もう上半身がのけぞってしまった。
『もうそのクリームもそろそろ買い替え時じゃあありませんか? ……任務があった日の夜には、毎回のようにそれを使われてますからねえ……右乳首のぶんは、まだ残ってますか?』
「う、うるさいっ……だ、黙れっ!」
 あたしは残り少ない歯磨きクリームを絞り出す要領で、右の乳首にもたっぷりとクリームを垂らした。そして、両指を使って肥大した乳頭に、それを塗りこんでいく……確かに『千手』の言うとおり、この催淫クリームは今週中にも再発注する必要がありそうだ。あたしは空になったチューブをベッドの下に放り投げて、乳首へのすり込みに集中した。
『お気に入りのクリームの効果、てきめんのようですねえ……正直に言ってご覧なさい、レイカさん。あなた、今晩も乳首だけでイこうとしてるんじゃないですか?』
 乳首への刺激に、かっと熱くなる身体。両手の人差し指と中指で乳頭を挟み込んで、乳房全体を握りつぶすように揉み込んだ。
「ああっ……あっ……ああああっ……や、やっぱり、すごく……いいっ!」
『そうでしょう、そうでしょう。サンチョ氏とのセックスの思い出では、とてもこんな快楽は味わえないでしょう?』
「さ、サンチョのことなんて、あんたに関係ないでしょっ!」
 そう言い返したものの、サンチョのやさしく繊細な愛撫の思い出では、ここまで性感を高められないことは事実だった。
『クリームがどんどん染み込んでいきますよ……ほら、おっぱいが破裂しそうなほど張り詰めてる……また今夜も、“乳イキ”するつもりなんですか?』
 頭の中の『千手』がそう囁くまでもなく、あたしはそうするつもりだった。
 このままおっぱいでイってしまえば……身体の芯の昂ぶりを抑えることができるかもしれない……なんてったて、あたしが一番感じるのはおっぱいなんだから。
「そ、そうよ……あいにくね、。あたしは自分の意志でオナニーして、おっぱいでイクのよ。幽霊のあんたに操られてるわけじゃない。あたしは自分の意志で、ただ気持ちよくなりたいから、こうやってオナニーしてるんだからっ!」
 そういいながら、あたしはベッドの枕元にある別の器具に手を伸ばした。
 それは紫色をしたプラスチックの吸盤がついた電動機器で……さっきまであたしの乳首に吸い付いていた『乳首ポンプ』の発展系、といった代物だった。しかし乳首ポンプが箒と塵取りだとするなら、この機器……乳首用ロータは、お掃除ロボットといったとろこだ。
『ほう……なるほど。それを使われるわけですか……わたしも存じ上げてますよ。あなたが乳首に対する刺激にとても弱いのは……わたしや、わたしの部下たちの容赦ない乳首責めに、あなたがどれだけ牝の顔を晒して悦んだか……』
「う、うるさいっ……お、覚えてないわよっ……」
 そういいながら、わたしはその器具本体にコードで繋がれた円盤状のふたつのカップを、それぞれの乳首の上に貼り付けていく。
『いまからあなたは、わたしたちと戯れた時のことを思い出しながら、その機械で自分を責められるわけですね……今夜も存分に、わたしの目を楽しませてください』
「み、見たけりゃ……か、勝手に見ればいいじゃないっ……んっ……あ!」
 コントローラーのスイッチを入れた。
 それだけで、あたしの身体が弓なりに沿って、ベッドの上でアーチを描く。
 カップの中で、機械が絶妙の振動を乳頭に伝えてくる。
 思わず漏れそうになった悲鳴を必死で噛み殺した。
 このマンション中どころか、町内中に響き渡ってしまいそうな喘ぎ声を。
『そんなにイイですか? わたしの指と比べると、どっちが気持ちいいですか?』
「あっああっ……あんたなんかよりっ……ずっと、ずっとこっちの方がっ!」
 しかし、やはり違う。
 これは機械が与えてくれる振動だ。
 身体の中を光の速さで快楽が駆け巡るけど……それは機械が与えてくれるパターン化されたものにすぎない。
 “レロレロモード”に、“チュウチュウモード”に、“チュパチュパモード”に激しくスイッチを切り替える。
「はっ……あっあ、あ、あ、あ、あっ……んんんんっ!」
 スイッチを切り替えるたびに、新鮮な刺激を味わうことができる……けど、そのたびに昇りつめそうになる……けど、快楽はいつもあと一歩、というところであたしから逃げ去っていく。
『ふふふ……ずいぶん感じていらっしゃるみたいですが、どうもイマイチ、というのが正直なところなのではないですか? レイカさん』
「ほ、ほっといて……ほっといてよっ! あんたに何の関係があるのよっ?」
『ほんとうは、わたしの指が忘れられないんでしょう? もう一度、わたしの術で固められて、電車の中で衆人環視のなか、思いっきり辱められたいんでしょう?」
「ち、違うっ!」
 金髪を振り乱してあたしは叫んだ。
 半身を起こしたせいで、胸に奇妙な器具をつけておもいっきりアヘ顔を晒している淫乱な女が寝室の鏡のなかにいるのが見えた。
『情けない……まったく嘆かわしい。これが痴漢たちを取り締まる捜査官の姿にみえますか? 任務があるたびに痴漢たちにされたことを思い出して、自宅で狂ったようにオナニーにふけりまくっている……今のあなたは、まさにマゾの痴漢奴隷です』
「ち、ちがっ……ちが、うっ……あっうっ……」
 両乳首は吸盤で張り付くいかがわしい電動機器に任せてある。
 あたしの両手は自由だった。
 そのとき、右手が……ベッドの上に放り出されていた小さな丸い器具に触れた。
『ほう……やはりバストだけへの刺激では物足りないご様子だ……』
 指に触れたのは、ローターだった。
「ちがうっ……こ、こんなの使わないっ……」
『我慢しないでお使いなさい……確かレイカさんは、浅瀬から責められるのがお好きでしたよね……』
 そうだ。確かにそうだ。
 そしてあの事件のとき『千手』も言われた。
「く、くっ!」
 あたしはロータを手に取り、スイッチを『最強』に合わせ……脚の付け根にそれを挟み込んだ。

■さらに、さらに堕ちて。

「あああっ!……す、すごいっ……やっぱりすごいっ!」
 乳首に張り付けた電動乳首責め器具の強度も『最強』、クリトリスや水際にこすりつけるロータも『最強』に合わせていた。
 あたしはベッドの上で膝立ちになり、がくんがくんと腰を中心に身体をくねらせる。まるで、『エクソシスト』で悪魔に取り憑かれた少女みたいな有様だ。
 その有様を、寝室の姿見が残酷に映し出す。
(完全に……イカレてる……まるで、色情狂そのものじゃない……)
『すごい、すごいですよレイカさん……まるで、荒馬を乗りこなしてるカウボーイみたいな有様じゃないですか……ふふふ、そんなに腰を回して……」
「うっ……やっ、やっぱりっ……やっぱりこうするのがいいっ!……こうやってするのが一番気持ちいいっ!」
 頭の中に響く『千手』の声に大声で応える。
 そう、あたしはもう、痴漢に取り憑かれた哀れな女だ。
 ロータを右手でこすりつけ、左手ではローションにまみれた全身をくまなく愛撫し、自分で自分の性感を高めていく。
 目を閉じて、必死に思い出そうとしているのは、『千手』とその手下どもにさんざんいたぶりぬかれた1年前のあの夜の感覚だ。
 やさしいサンチョの愛撫も、正常位で突かれるときの興奮の記憶も、すべてがかき消されていく。
(あたしの手が、あの『千手』や痴漢たちみたいに数十本あればいいのにっ……そしたらいつも、毎晩こうやってとことんまで自分をイかせることができるのにっ!)
 自由に身体をいじり回せる手が、たった二本しかないことが恨めしい。
 だから、あたしは自分を高ぶらせ、辱めるための器具をどんどん買い集めてきた。たとえば……あのバイブとか。もうすでに買ってから、三度も電池交換するほどまでに使い込んでいる。
 あたしがバイブに手を伸ばそうとしたそのとき、また『千手』の声があたしの頭の中に直接囁きかけてくる。
『おや、やはりそれを使われるので? ……確かわたしの知っているレイカさんは、“膣では感じない”と強がる、鼻っ柱の強い捜査官だったのではありませんか?」
「う、うるさいっ……い、いったい、誰のせいでっ……」
 もちろん部屋の中には『千手』の姿はない。
 代わりにあたしが睨みつけるのは、姿見の中にいる自分だ。
『わたしたちのせいですか? ということはつまり、あなたは、わたしたちの軍門に下った、ということを認めるわけですね? 自分がマゾの痴漢奴隷であると?』
「なんでも言いわよっ! なんとでも呼びなさいよっ! ……で、でももう、が、我慢できないのっ! ……も、もう限界なのっっ!」
 ロータをぎゅう、と膣内にねじ込むと、バイブを手に取って膣口に当て、ロータごと奥に押し込んだ。
「うああっ!」
 子宮の手前で、ロータが激しく振動している。自分がどうなってしまうのか、恐ろしくもあり、それが待ち遠しくもあった。
 さらにバイブのスイッチを操作し、畝ねらせ、振動を『最強』にする。
「あああああああああっ! や、やばいっ! し、死ぬうっ! ……」
 それだけでもう、背骨が曲がってしまいそうだった。
 あたしはベッドの上で、バックブリッジの体制になった。
 最初はヨガ風のバックブリッジだったが、次第に頭だけで身体を支えるプロレス系のブリッジになり、やがて両手を挙げて枕元に手をつき、身体でアーチを描いて完全なブリッジ体勢に。
 自分で自分の姿を見ることができないのがせめてもの救いだった。
『ははは、なんというお姿ですか、レイカさん……もはやあなたは人間ですらない。完全にサカリのついたケダモノですよ……』
「わかってるっ! ……わかってるけどっ! ……やめられないのおっ!」
 イっていた。完全に、何回も。
 しかし、その小波のような絶頂は、わたしが求めている絶頂に対して、あまりにも小さすぎた。
「もっと……もっとイきたいっ……派手に、爆発するくらいにっ……この部屋をマンションごと、吹き飛ばすくらいにイきたいっ!」
 ものたりない。ぜんぜんものたりない。
 あたしが抱え込んでいる欲望はあまりにも大きすぎた。
 あたしは変態だ。人間離れした性欲の持ち主だ。
 それを開花させたのは、サンチョではない。ほかの男たちでもない。
「ああっ……せ、千手っ……あたし、あたしはもう、痴漢の奴隷になるわっ! ……なんでもあんたの言うことを聞くからっ! あたしに……あたしに……本当の絶頂をちょうだいっ! あたし、あなたの奴隷になるからあっ!!」
『言ってしまいいましたね……レイカさん。これで全国の痴漢たちも安心ですよ。もうあなたに怯えることもなく、好きなだけ女性たちを辱めることができる……』
「もうどうだっいい! ……はやくっ! はやくちょうだいっ!」
 自分が口走る言葉が信じられなかった。
 獣のように叫ぶあたし。両胸の先には電動乳首責め器具の吸盤を貼り付け、ローションでぬめる身体を仰け反らせながら、右手でバイブをしっかりと握り、身体の奥へ埋め込んだロータを抉り込むように動かしている。
 何度も絶頂の波がスパークした。でも、でも……まだ足りない。
『ほら、レイカさん……どうすればもっと気持ちよくなれるかは、わかってらっしゃるんでしょう? ……あの駅の階段で晒した生き恥のことを思い出してください……あの日、あなたをあそこまで追い詰めたのは、どこの感覚でしたか?」
「あっ……うっ……くっ……」
 左手がシーツの上を探る……そして見つけた。
 半透明のイモムシのようなその物体。
 先端から根元に向かって連なった玉の大きさが、だんだん大きくなっている。
 これを通販で購入したのは2週間前のことだ……でも、使用するのは今日がはじめて。手に入れたものの……これだけには手をつけられなかった。これを使ってオナニーすれば、もうあたしは元のあたしではいられなくなってしまう。
『何を迷ってるんです?…… ほら、はやくそれをお尻に入れなさい』
「い、いやっ……や、やっぱりいやっ……」
 汗にぬれた金髪を振り乱す。枕元に汗が飛び散った。
『仕方ありませんねえ……やっぱり自分ではできませんか……ほら、わたしがお手伝いしてさしあげましょう……』
 ぐっ、と左手首を掴まれたような気がした……気がしただけだ。
「あんっ!」
 器具の先端が、あたしのアナルに触れる。
『ほら、あとは力を入れるだけだ……やるんです』
「うっ……あっ……くううううっ!」
 つぶつぶっ、と三段目くらいまでを、あたしの後ろの入口が悦んで迎え入れる。
『ほら、やりなさい! やるんだレイカ!』
「ああっ……もう、もうだめっ!!……うううううんんっ!」
 後孔の奥まで、器具を突き入れる。
「あ”、あ”あ”あ”あ”……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あっ!」
 喉から絞り出すような絶頂の声。
 あたしはバイブで膣の奥のポイントを抉り立てた。
 尿道から熱い飛沫が吹き出し、シーツに降り注ぐ。
 肛門に差し入れた器具を激しく出し入れする。
 柔らかい直腸が、無機質な器具を締めつけ、しごきたてる。
「………………………………かはっ」
 また吹いた。止まらなかった。
 まるでベッドルームに虹が浮かびそうだな……とか、やたらメルヘンチックなことを考えながら、あたしはそのまま意識を失った。

■ レイカ・レザレクション

 熱いシャワーの飛沫のなかで、あたしは目を覚ました。
「……えっ?」
 気づけば、あたしはシャワールームの床に座り込み、頭から熱いシャワーを浴びていた。目を覚ました記憶もなければ、バスルームまで行った記憶もない。
 でも実際に、あたしの全身に降り注いでいるのは熱いお湯だった。
(……ど、どういうこと?)
 いったいどれくらいそうしていたのだろう?
 浴室には湯気がたちこめている。まるで暖かい霧の中にいるようだった。
「レイカさん……」
「えっ?」
 はっと顔を上げる。決して広いとはいえない浴室の向こうに、華奢なシルエットが浮かび上がる。まさか。そんなはずはない……いや、あたしの頭はもう、妄想に支配されている……なんといっても、『千手』がこの部屋に現れたのだ。
 ここに現れたのが、ゆかりだったからといって何の不思議があるだろうか。
「レイカさん……だいじょうぶですか?」
 気遣わしげなゆかりの声。しかし湯気に隠れて、あの日本人形のような顔は見えない。ただ、ゆかりが何も着ていないのはわかった……一度だけ、彼女の全裸を見たことがある。あの駅のシャワールームで。
 ザシキワラシのハイカラバージョン……その華奢で壊れそうな、それでいて少女らしい丸みを帯びた肉体に、一瞬見とれてしまったことを思い出す。
「ゆかり? ……ほんとにあなたなの?」
「そうです……レイカさん、いったいどうしちゃったんですか?」
 あたしはよろよろと立ち上がり、ゆかりのシルエットに手を伸ばそうとした。
 しかし、ふと手を止める。
 今のあたしの手は、ゆかりに触れる資格なんてない。
 幽霊になってまで、自分を辱めた痴漢たちと、自分とともに幽霊となった『千手』と、果敢にも戦おうとした少女。
 あのまっすぐな視線に、あたしは晒される資格なんてない。
「ゆかり……あたし、もうダメみたい。もうあたしの身体は、痴漢たちに飼いならされてるみたい……もう、連中と戦うことはできないわ」
「そんな! うそでしょ?」
 くすり、とゆかりのシルエットが笑ったような気がした。
「笑ってよ……こんなに堕落しちゃったあたしを、笑ってちょうだい。あなたも、そしてあたしも、あんなに憎んでいた痴漢たちに、あたしは屈服しちゃったんだもん……笑えるよね」
「そんなことで笑ったんじゃありませんよ、レイカさん」
 シルエットが、小首をかしげる。
「じゃあ、なんで笑ったの?」
「レイカさんだって、弱音を吐くことがあるんだな、って……あんなにいつもカッコよくてクールなレイカさんだって、弱音を吐くんだな、って……」
 そのとき、湯気の中から細い腕が伸びてきた。
 そして、その小柄な身体が、ずっと上背のあるあたしの身体を抱きしめる。
 今回は冷たくは感じなかった。
 その身体は温かく、小さな呼吸や鼓動さえ感じられた。
「ゆかり……あたしを許してくれる?」
 あたしは、その身体を弱々しく抱き返す。
「許すも許さないもありません……てか、レイカさん。いつだって、わたしはレイカさんと一緒にいるんですよ。それを忘れないでください」
「いつも……一緒?」
「そうです……レイカさん、つらいときは、わたしのことを思い出してください。弱音を吐いたっていいんですよ……だってわたし、幽霊なんだから。これ以上、安心できる相談相手はいないでしょ?」
「ゆ、ゆかり……あなた……」
 あたしは、ゆかりの顔を見たかった。しかしゆかりはあたしの胸に顔をうずめて、顔を見せてくれない。ゆかりは泣いているのだろうか?
「レイカさん……いつもわたしが学校サボってるんじゃないか、って叱ってくれたじゃないですか……今度は、わたしがしかる番です。任務をサボったら、わたしが承知しませんよ。化けて出ちゃいますから……」
「…………」
 返す言葉がなかった。いつまでもゆかりを抱きしめていたかった。
 そのぬくもりに、すがりついていたかった。
「レイカさんがいなかったら、誰が痴漢たちと戦うんです? いったい誰が、痴漢される女性たちの悔しい気持ちを、理解してくれるんです? レイカさんがいなくなったら、女性たちはいつ、安心して電車に乗ることができるようになるんです?」
 あたしは泣きそうだった。
 泣きそうだったが、ぐっとこらえる。
 ここで泣いてしまったら、ほんものの弱虫になってしまう。
 泣くことなんかできない。せめて、ゆかりの前では。
「……言ってくれるじゃない。あたしを誰だと思ってるの?」
「被害者心理研究所の腕利き囮捜査官、御堂レイカさん……そうでしょ?」
「ゆかり……」
 もう一度抱きしめようとしたら、その小さな身体はすっと消えてしまった。
 まるで湯気の中で流す涙のように。

 バスタオルに身を包んで、浴室から出た。
「えっ……」
 ベッドのシーツは真新しいままで、散乱していたはずのまがまがしいおもちゃの数々も、どこかに消えている。まるで、この部屋では何事も起こらなかったように。「ベッドメイクまでしてくれるなんて、気がきいてるじゃない……」
 姿見の前に立ち、タオルを下に落とす。
 湯気が立ち上る、自分で言うのもなんだけど、堂々とした、先頭的な裸身。
「そうね、ゆかり。あたしは御堂レイカ」
 声に出して言ってみる。
 あたしがいる限り、痴漢たちは枕を高くして眠れない。あたしが戦い続ける限り、女性たち誰もが安心して電車に乗れる日がやってくる。
 世の中は変えられないかもしれないが、そう信じてやっていくしかない。
 あたしは胸元に香水をつけると、皺一つないシーツに横たわった。
 そして静かに眠りにおちる。
 カボシャール――強情っぱりな、あたしの香りに包まれて。<了>


これはbc8c3zがあらすじ・設定を作り、それを元にある 方に書いてもらった綾守竜樹先生の御堂レイカの二次創作ものです。
公開が遅くなり大変申し訳ありませんでした。
公開第一弾にふさわしい作品だと感じます。
綾守竜樹先生のファンの方に読んでいただければ、それに勝る喜びはありません。
一瞬でも先生がいなくなったことの皆さんの孔を埋めれれば幸いです。
感想があれば励みになりますのでお書きください。
またアンケートだけでもいただけたら今後の参考になりますので入れてください。
よろしくお願いします。

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